Archive for イベント

1月14日(月)放送

ごはんと麺の店 美晴 山川みゆきさん
林田悟志アナウンサー 取材リポート

亘理町荒浜で民宿「美晴」を経営していた山本さんに取材しました。
震災で全壊した民宿は閉店、のち2015年6月亘理町東郷に場所を移しご飯と麺の店「美晴」として復活、民宿時代からのお馴染みさんと山元町の新規のお客様でにぎわっています。
2011年から2015年の4年間、山川さんは福祉関係で作業指導員の仕事をしていました、それはお店を再開できると思っていなかったからです。震災後ご主人も亡くなってしまい、今後の人生は民宿とは別の仕事をして生きていくと思っていました。
しかしお店再開について息子さんに相談したところ、店を気にしていたご主人の気持ちを大切にしたいという思いがけない返事が返ってきました。息子の弘嗣さんも結婚をし人生の転機を迎え、いろいろな感情が入り混じっていた頃だったようです。
現在、亡くなったご主人の意思「何か荒浜らしいラーメンを作りたい」という言葉の通り「鳥の海ラーメン」を開発、お店の看板メニューになりました。お店の場所が東郷に変わっても、民宿時代のお客様がはらこ飯を堪能しに来てくれています。これからもお客様といっしょに荒浜の変わらぬ味を守り、提供していきます。

ごはんと麺の店 美晴
亘理町東郷147-7 電話: 0223-36-9909

気仙沼支局 重富記者 電話インタビュー
スタジオ生電話

気仙沼の2019年は「繋がる年」。三陸自動車道が早ければ来月にも気仙沼市南部の本吉町と仙台港北ICが繋がります。3月は気仙沼光洋高校校舎が震災遺構として開館するほか、魚市場が整備されます。
そのほか、気仙沼大島大橋が4月7日に開通、現在2400人が暮らす大島と本土が繋がります。今までフェリーで片道25分かけて島民のみなさんは移動していましたが、悪天候で島が孤立してしまう危険性をはらんでいました。その島民の「命の橋」が、「復興のシンボル」として誕生します。
島の方々の中には治安や環境の変化に対して不安の声もありますが、救急車の緊急搬送や本土との行き来が楽になるなどメリットもあり、これからは気仙沼大橋開通に向けて島民の方々も心の準備、橋をうまく活用するための心構えをしていきます。

7月9日(月)放送

東松島市 写真で伝える被災地 中村綾杜さん
藤沢智子アナウンサー取材リポート

震災当時、小学校5年生だった中村さん。活動は東松島市野蒜を中心に、震災時から被災地の写真を撮り続け、高校生になってから「写真で伝える被災地」を本格的に立ち上げました。高校を3月に卒業した中村さんは介護の仕事をしながら、今も「写真で伝える被災地」を継続して行っています。
今月には、社会人になってからはじめて東松島市野蒜市民センターでイベントを行います。今まで取り続けた写真の掲載や、あの日の現状を詳しく話すトークイベントなど、盛りだくさんです。

■写真で伝える被災地
日時
平成30年7月15日(日)午前10時~午後5時
場所
東松島市野蒜市民センター会議室2.3
内容
写真展示、パノラマ写真展示、おちゃのみコーナー、震災関連コーナー、非常食・段ボールベット展示、体験コーナー

また、今後の活動への支援・ご協力していただける方も募集中です。東日本大震災を記憶し継承していくのは、おそらく中村さんの年代が最後かと思います。継承していくために話せる世代がいない時代が間もなくやってくるかもしれません。活動にご賛同いただける方には、下記ホームページよりご支援いただければと思います。https://syasinndetutaeruhi.wixsite.com/syashin-hisa…/blank-4

山元町 バーCOZY 向井康治さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

埼玉県で造園業を営む向井康治さんが月に4回だけ開いていた、山元町花釜地区の一軒家「バーCozy」をご存知ですか?
現在はバー併設のシェアハウス「CozyHouse」としてありますが(1月オープン)、以前は、ノンアルコールのカクテルなどを作り地元の方々が集まる憩いの場として存在していました。そこから、向井さんと地元の方とで飲み物を通したコミュニケーションが始まり、今も山元町の様々な出会いの場となっています。
週末に、埼玉から宮城県に車でやってきて、バーはもちろん田んぼの生き物調査や様々な活動に参加している向井さん。震災前、全くゆかりのなかった場所、山元町に今も通い続けているのはなぜでしょう。その原動力は、山元町のみなさんと地元埼玉の友人以上に濃厚な時間を過ごし、深い関係ができあがっていることだと話してくださいました。「人生の中でもらったものを返す」、そんな気持ちが向井さんを駆り立てています。
「バーCozy」は、月に4回、週末の金・土曜日に開店しています。時間は夕方6時から10時ころまでですので、興味がある方はぜひお立ち寄りください。

バーCozy

https://www.facebook.com/コージーハウス-974718889353215/

7月2日(月)放送

仙台市防災運動会 今村文彦教授
後藤 舜アナウンサー取材リポート

先月23日にを宮城教育大付属特別支援学校で行われた防災運動会(みやぎ防災・減災円卓会議主催)は、防災意識を高め、防災啓発の強化を目指した取り組みです。災害発生時に役立つ競技が数多くあり、競技のなかには新潟県中越地震で4人が亡くなったことを教訓に生まれた「ぐるぐる体操」(エコノミー症候群を予防する体操)や「減災○×クイズ」、「災害時借り物競走」、そして車いす利用者との避難を体験する「車いす避難リレー」などのメニューがありました。参加者は体を動かしながら防災を学ぶ、また災害時に何が必要か考えながら行動するなどで、「瞬時の判断」の大事さを再度確認したようです。
東北大災害科学国際研究所の今村文彦所長(円卓会議世話人)は、「焦らず落ち着いて行動をすることの大切さ、体の不自由な方への配慮・声がけなどを競技から学ぶ、理解を深めてほしい」とあいさつしました。また「防災運動会は楽しく学べる機会で、小学校3年生から高齢者まで幅広く、体を動かしながら学ぶことができ、町内会などで取り入れ継続することが必要」だとも話してくれました。

菖蒲田浜YARN ALIVE テディ・サーカさん
林 朝子アナウンサー取材リポート

テディさんは40年前に宣教師の夫と当時1歳だった息子さんとアメリカから来日、その後七ヶ浜の魅力に惹かれ、11年前に引っ越ししてきました。「YARN ALIVE」は「毛糸で生き生き」という意味を持ちます。編み物教室を通して被災した人々のコミュニティつくりを、と2週に1度編み物教室を現在も続けています。
震災時、自宅は被災を免れたものの、電気も水も通らない中降った雪を水にして利用し、生活を続けてきました。阪神淡路大震災の時に、高齢のおばあちゃんたちが何人も自殺したことを聴き、祖国へ戻らずに七ヶ浜で大好きな得意な編み物でみんなと親交を深めました。
「誰かのために、の心がみんなを支えていた」と振り返るテディさん。2015年には仮設住宅をでてバラバラになった人々が集まれるようにと「YARN ALIVE」を建設しました。この建物・活動は世界中の人たちの力を借りて成り立ち、今も継続しています。
七ヶ浜のおばあちゃんたちと作ったブランケットは、海外、例えばシリア難民の方々に贈ったこともありました。「これからも誰かのために」この活動は今後も続いていきます。

11月6日(月)放送

石巻市 海苔漁師 相澤 充さん
古野真也アナウンサー取材リポート

石巻市渡波の海苔漁師、相澤 充さんは、津波被害で漁具や施設が全壊し、再開には数億円の費用が掛かるほどの大きな損害を受けました。このため、家族と相談した結果、当時1年間の休養を決めました。この震災では大切な親友もなくしています。その親友の亡骸は翌年の夏まで見つからなかったそうです。
震災後、身を寄せていた避難所で自分の「これから」にとって大事な人と出会うことができ、いろいろな葛藤があった中で、翌年休業から海苔漁師を再開します。その大事な人とは遠藤伸一さんという方です。避難所の2代目代表で、震災でお子さんを3人亡くされていました。計り知れない悲しみの中、避難所のサポートを全力でしている姿を見て自分を奮い立たせました。
もう一度海苔をつくろうと思った大きなきっかけは、震災を通じて得た出会いやそこで生まれた気持ちです。「人」とかかわることで、親友に「おまえ、やったな」といってもらえるような、過去と向き合い、しっかりと前に向かっていく「自分にしかできないこと」を今後も手掛けていきたいと話してくれました。

<スタジオゲスト>
特定非営利活動法人オペレーションブレッシングジャパン
プロジェクトマネージャー 新實千枝さん

アメリカに本拠を置く国際NGO、特定非営利活動法人オペレーションブレッシングジャパン は、津波で船を流された方に漁船を提供したり、眼鏡を失った方に支援する「めがね支援」を展開していました。新實さんは、震災時に宮城県の大衡村で学校に通っていてその後、ボランティアとして南相馬市に入ります。現在、プロジェクトマネージャーとして南相馬市で活躍していますが、東北の復興支援、日本で起きる災害の支援なども行っています。
12月には、南相馬市のゆめはっとで「南相馬市ファミリークリスマスコンサート」を開催する予定で、県外や避難先で生活をしている方々も参加できるイベントを開催します。1000人規模の大きなコミュニティは今までにない規模で、南相馬初、ゴスペルクアイワも披露されます。

福島を希望の地に「南相馬市ファミリー・クリスマス・コンサート」
日時 2017年12月9日(土)
   午後4時~
場所 南相馬市民文化会館 ゆめはっと (大ホール)
電話 022-779-6579
HP  https://www.facebook.com/fukushimaxmas/

9月11日放送分

七ヶ浜町Fプロジェクト
古野真也アナウンサー取材リポート

七ヶ浜町Fプロジェクトの「F」はふるさと、ふっこう、フューチャーの頭文字「F」をとってFプロジェクトと名づけられました。七ヶ浜町の向洋中学校の生徒数人と、向洋中学校教諭の瀬成田先生が中心として活動しています。誰がメンバー、などという登録制ではなく3年生5人、2年生2人の計7人のリーダーが活動計画を立ててその都度全校生徒に呼び掛けてメンバーを募集しているそうです。これまでの活動は、地域の災害公営住宅に出向き歌を歌ったり、一緒に料理したり、菖蒲田浜の清掃活動や公営住宅の周辺の雑草をとったりなど様々な活動をしています。
中学3年生の阿部花映さんは、中学生でしかできない事、中学生にもできることがあるんだな、と活動を通じて感じたそうです。活動の一環として、中学生たちが小学生に震災の記録を伝えようと活動も行っていて、自分の経験を話して東日本大震災の記憶を伝えています。
Fプロジェクトとかかわる前は、自分が一番不幸だと思ったこともありましたが、話すことで自分の心が軽くなることもありました。そして様々な被害にあった人の話を聞く中で、傷ついているのは自分だけじゃないんだと分かったそうです。子どもたち同士では、震災の話はなんとなくしない雰囲気がありそれぞれどれくらい被害があったのかということを知らなかったそうですが、一緒に活動をする友達の震災当時のことを「知る」こともできたそうです。
Fプロジェクトは、今後も3年生から2年生にリーダーを譲り活動を継続していきます。今後も中学生たちの地域活動、社会参加で成長する姿が楽しみですね。

山元町「学習塾よつば」 代表 宮本 匠さん
伊藤晋平アナウンサーリポート

北海道札幌市の出身で、少年時代から野球に打ち込み大学は筑波大学に進学した宮本さんは、学生時代に学生ボランティアとして宮城県に何度も足を運びました。大学を卒業した後は、北海道に戻って教育関係の仕事をしていましたが、3年前に単身山元町に移り住み、学習塾を開きました。現在中学生11人、小学生2人を指導しています。
震災を経験した子供たちとともに勉強に励む日々ですが、震災を経験したことで特に変化があるわけではありません、ただ地震の話や震災の話をするときは、子供たちがとても大人のような話をすることがあり、そういった部分はとても大人びて見えるそうです。
現在3年目を迎える「学習塾よつば」では、生徒たちに教えすぎない環境を作り、自分自身で学ぶ姿勢を作っていくことが今後も長く継続することを望んでいます。学力も他地域に比べてまだまだ及ばない部分もありますが、学習環境を山元町で整えて、一生懸命やることが恥ずかしくない場所をつくってあげられたら、と毎日思って子どもたちに向き合っています。