2月20日(月)放送

伊里前福幸商店街 高橋武一さん
古野真也アナウンサー取材リポート

 南三陸町では、何百年に一度、何十年に一度災害が起こっている町です。その都度沿岸部の街は流されたり、死者が出てしまったりという過去があります。しかしその度に、復活して再生をしている歴史上から、東日本大震災から「再生」できないわけではない、と高橋さんは話します。現在、仮設の仮設で商売をしている歌津地区の福幸商店街は2017年の4月に本設に移動します。
 商店街は、仮設商店街から6店舗、新たに2店舗の8店でのスタートになるそうです。現在、7mの盛土、駐車場も作られ建物の枠組みが組まれ、今までとはちょっと違う商店街に変化します。その名は「南三陸ハマーレ歌津」と名前を変えての営業です。小中学校、漁協など地域のコミュニティの中核を担います。地元の方々が、楽しんで新しい拠点づくりをしている姿が印象的でした。
 街づくりは、一から作る楽しみもあり、2017年4月のオープンがとても楽しみな商店街の一つになりそうです。

石巻市南浜地区 南浜つなぐ館 中川政治さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

 石巻市の南浜地区は震災前、1000世帯以上の方々が暮らしていました。震災遺構になる門脇小学校も近くにありますが、今は災害危険区域となっているため、この場所で生活をすることはできません。今後、2020年にはこの場所に復興祈念公園が出来る予定です。
 中川さんは、京都の出身で震災のニュースを聴き石巻市にボランティアとして入ってきました。この「南浜つなぐ館」は、震災前の南浜地区の再現したジオラマ、VRスコープなど震災時の風景を見る事が出来ます。
被災して、何もない南浜で、震災前、震災後の風景を忘れない、風化させないためにも「記録」「記憶」を残す、みることのできる場所として今後もこの地で、街の状況を伝えていきます。つなぐ館では、みんなの記録を収集することもしています。今後50年、100年後の後世にもこの地で何が起こったかを知らせる施設としてその役割を担っていく予定です。

◆お知らせ◆
ゆりあげさいかい市場5周年感謝祭
日時:平成29年2月25日(土)
   午前10時~午後2時まで

名取の特産品を「めしませ、なとりセット」(赤貝の握り、笹かま、せり鍋、新酒など)を600円で販売します。
その他ティーナカリーナの歌謡祭や、まぐろの解体ショーなども行われる予定です。ぜひ足をお運びください。
詳しくは、
http://yuriageasaichi.com/
まで。

2月13日(月)放送

南三陸 民宿下道荘 菅原由輝さん
古野真也アナウンサー 取材リポート

今年37歳を迎えた菅原さんは、小さいころから実家の民宿を継ぐため調理専門学校で料理を学んだ後、秋保のホテルやお店を経て、現在民宿の経営をしています。この下道荘は、南三陸の海が一望できる高台に建っています。この高台はもとは竹藪で、土地の持ち主に何度も頭を下げて譲って貰いました。
 震災前、民宿下道荘はもっと沿岸よりで、海から500mのところにあり震災の時、民宿は40m引き波でながされて1階がつぶれてしまいました。自宅も大規模半壊でした。
 津波に襲われたあと、親戚の家でおばあさまをみてもらっていましたが、その送迎の帰り道に、先代である菅原さんのお父さまが泣きながら「今まで30年、なんだったのか…」と菅原さんに心のうちを明かしたそうです。
 その姿を見て、被災後1週間後には家族で民宿再建を心に誓いました。その一方で民宿経営について不安や苦悩も抱えました。家族を養っていけるか、南三陸町が元のように観光でにぎわう町になるのか…しかし震災からわずか11カ月の2012年2月17日に民宿を再開し現在も工事従事者を中心にお客さまを迎え入れています。
 これからも、故郷である南三陸の良さ、海の幸山の幸のおいしさをしってもらうために、地元で愛される宿にしていきたいということです。

山元町いちご農家の新たな取り組み 
山元いちご農園 大槻忍さん 村田エリカさん
林朝子アナウンサー 取材リポート

山元町にある山元いちご農園では、震災後被災したいちご農家が集まってできた農業法人です。3.1haの土地に10棟余りのイチゴハウスが立ち並び、まさに今収穫時期を迎えています。
こちらのイチゴ栽培には、なんとイチゴのためのクラシックを作曲して、その曲を聴かせて成長させる栽培方法を実行しています。震災後、県外の醸造会社にイチゴワインを委託してつくっていましたが、去年12月に新たにレンガ作りの建物、イチゴのワイナリーを作ったためイチゴの栽培からワイン製造まで一貫して山元町の農園でできるようになりました。
こちらで働く大槻忍さんと村田えりかさんは震災を機にこの仕事に就きました。2人とも夢を持ってこの農園でいきいきと仕事をしています。
ワインを醸造するのは3人。その中でも1番若い村田さんは22歳。ご出身は栃木県ですが、海のある、素敵な町山元町でイチゴワイン醸造の担当をしています。1年目から醸造の担当として試行錯誤の日々が続いていますが、しっかりお客様に届くいちごワインを作って町に、会社に貢献できればと思い仕事を楽しんでいます。
ここ山元いちご農園内のカフェ「ベリーベリーラボ」では、スパークリングワインの「苺夢(べりーむ)」、「愛苺(まないちご)」「苺香(いちかおり)」が試飲できます。是非一度訪れてその味をお試しください。

2月6日(月)放送

仙台市青葉区国見町が行う「外国人留学生の防災・減災」
鈴木実森アナウンサー取材リポート

仙台市青葉区国見地区在住の留学生を招いて1/16(月祝)に行われた「防災ボランティア表彰式」ですが、仙台市からは6団体が表彰されました。国見地区連合町内会東部ブロックは、独自に避難所運営マニュアル「外国人留学生の連携及び対応」を定めたことで表彰されました。
 ここ仙台市青葉区国見町には、東北大学への留学生が多く住んでいて、地域連携をとるためには外国人とのコミュニケーションが必須です。およそ900人が住む国見町では、それぞれの出身国によって災害が多い国、そうでない国、宗教によって食せない食べ物があったり言葉が通じなかったり等、東日本大震災では困った事もたくさんありました。
その経験を踏まえて、今後災害が起こった場合にはいかに連携をとって外国人のサポートをしていくかを考えていかなければなりません。
 留学生は、入卒業や帰国などで入れ替わりが毎年あります。外国人留学生は、先輩などから震災の被害や状況を見聞きして災害に備えています。それぞれに危機感を持ち自分なりの対策を講じなければなりません。今後は、地域で防災意識を高くもち、国の垣根を越えて防災・減災をともに連携して行っていく必要性が求められます。

南三陸町志津川町 「仮設からやっと自宅再建へ」 佐藤怜子さん
林 朝子アナウンサー取材リポート

佐藤さんは震災時に南三陸町内で被災し、長らく志津川高校グラウンドにある仮設住宅に住んでいましたが、去年10月ようやく町内に自宅を再建し、新井田地区に自宅を再建しました。
佐藤さんは、戦後結婚を機に夫の家業の商店を手伝うために南三陸町に移り住みました。十日町で文具や教科書、米などを販売する「佐竹商店」を営んでいましたが、震災で自宅兼商店は津波で流されてしまいました。その後避難所に身を寄せましたがペットの大きい犬がいたため、紫波姫の長男の家に避難します。その後、志津川高校の仮設グランドの抽選にあたって犬と2人で暮らし始めました。
混乱からの仮設住宅暮らしも、周辺のみなさんとの絆により楽しく生活を送ることが出来ました。
 今、高台へと移り住んで日々変わりゆく街並みを見ながら、終の住みかを得て弟夫婦と孫とで暮らす日々。。。変わりゆく町に期待を込めながらこんなものがあったらいいな、こうなったらいいな、と思いをはせます。

1月30日(月)放送

スタジオゲストインタビュー
・東北学院大学教養学部地域構想学科教授 金菱清氏

金菱先生は、東北学院大学の地域構想学科が立ち上がった2005年に東北学院大学にいらっしゃいました。大阪ご出身の先生は、阪神淡路大震災も経験され、大学では社会学を研究する学科に進みました。その後、東日本大震災に遭遇し、大事な人を失くした方々の映像やインタビューなどを通じ、震災の「記録」を辿り、社会科学の論点から震災を研究しています。
 震災で経験した事象を「聞く」作業と「書く」作業は、全く異なるもので、当事者の「書く」作業は自分と向き合い、そして亡くなった人(死者)といっしょに作り上げるもののようだと感じたそうです。「書く」作業は、津波や建物の倒壊などの描写で始まらず、亡くなった人への愛を書きとめるもので、日常生活を書きつづり、亡き人との時間、愛情であることが多かったそうです。
 金菱先生がまとめた書籍「慟哭」は、震災を知ったつもりだった私達に、新たな感情を芽生えさせ心に突き刺さる心の声、物語をおしえてくれます。亡くなった人に向き合うお話からは、思いと深さ、災害の全体像を感させるでしょう。残されてしまった人々の思いを感じて、災害が人間に残した傷を感じて頂ければと思います。

○お知らせ
「亡き人の声を感じ、生きるという力」
金菱先生は、昨年に続き2月5日(日)にシンポジウムを開催します。東日本大震災から間もなく6年を迎えようとしている今、亡き人の声を感じ、生きる力の源泉を探索し続ける分野の方々にお話しします。
・日時  2017年2月5日(日)
     14:00~17:00
・場所  東北学院大学 ホーイ記念館ホール 地下1F
・入場無料

詳しくは
・東北学院大学ホームページhttp://www.tohoku-gakuin.ac.jp/volunteer/?p=21122
をご覧ください。

1月23日放送

亘理町吉田 斎藤美智子さん
佐々木淳吾アナウンサー 取材リポート

亘理町吉田に「お菓子のアトリエリモージュ」という小さなケーキ屋さんで、2003年開店当時から従業員として働いているのが、生まれも育ちも亘理町の斎藤美智子さんです。
津波で被災した斎藤さんは、住み慣れた故郷を離れて暮らす毎日にふと思う事があります。
震災当時、お父さんが「チリ地震では膝までしか津波は来なかった」という話を信じていたので、逃げませんでした。しかし、海から200mにあった平屋の自宅にはあっという間に波が押しよせのまれてしまい、波の中を浮いたり沈んだりして知らない方の家のカーポートに逃げ、その家で一晩を過ごしました。
 2011年の4月からは4人の息子さんと、震災後に岩沼市内のアパートを借りて過ごすようになります。しかし亘理町の自宅のような近所づきあいではなく、上の階の人には結局会う事はなかったそうです。「これが都会の生活なんだ」と驚いた、と当時を振り返ります
 その後、職場のお菓子屋へ戻り「再建」へと歩み始めます。地域の方々は親切でタオルがないと話すとタオルを下さったり、食器がないと相談すると食器を提供してくれたりと本当に親戚づきあいのような環境で、皆さんからの親切、あたたかさを更に震災後に感じるようになりました。そのおかげもあり3ヶ月後には元の場所で営業を再開することができました。
 その後旦那さんの実家のある山元町に引っ越しますが、亘理町に比べて山元町には交流の場がたくさんありました。ご主人が山元町民だったという事もありここでも大変人に恵まれました。「何もなくても人がいれば大丈夫。故郷を離れたけれども、人と人とがコミュニケーションを取り合えればうまくいく」と感じたそうです。
今後も、顔を知っている人達が何かあった時に助けてくれる地元になるようにコミュニティづくりに取り組みたいと話してくれました。

ゆりあげさいかい市場 「栁屋」 栁沼宏昌さん
伊藤晋平アナウンサーリポート

栁沼さんは、ゆりあげさいかい市場の振興会会長を務めています。震災前は名取市沿岸南部の北釜地区で青果物の卸売り専門として勤めていらっしゃいましたが、今は八百屋がなかったさいかい市場で出店しています。震災後、市場は間もなく5年を迎えますがまだまだたくさんのサポートをしてもらっているな、と感じるそうです。
 さて、栁屋を5年前に開業した栁沼さんですが今後の本節移転に向けて、店の営業形態をどうするか悩んでいます。本設に移転する時こそ「0」に戻れるからこそ、タイミングや店の軸(コンセプト)について真剣に考えなければ、と思っているそうです。
 近々、本設商店街が出来る予定ですが、スピード重視で利用者を置き去りにしている感じが拭えないと思っています。そこで本当に商売が成り立つのか、もっと意見を反映してくれないかなど自問自答が続きます。
悩ましい問題がすべて解決すれば、すぐに飛び込みたいとの思いがありますが自分の新しいお店の将来を考えると、何事にも慎重にしていかなければ、と思いを巡らせます。