3月5日(月)放送

石巻市「」(かぎかっこ)プロジェクト 高校生百貨店
古野真也アナウンサー取材リポート

石巻市で活躍しているNPO法人「」(かぎかっこ)プロジェクトの取組を取材しました。「」プロジェクトは、高校生(男子3人、女子10人、先輩大学生5~6人)、運営スタッフ3人で構成されています。
石巻市への「地元愛」を探してもらいながら、高校生が自分達で企画したイベントや商品開発を行っています。
石巻出身の高校1年生、千葉さんは中学校3年生の時に友人から誘われたのがきっかけで参加しています。プロジェクトのひとつ「高校生百貨店」は、高校生がバイヤーとなり石巻圏域の東松島市、女川の地域商品を仕入れ、仙台市や東京など各地のイベントに参加し店頭販売なども行っています。
 生産者の声も添えて商品をPR販売することは、地元、石巻市のことも知っていなければなりません。また、生産者の方についても詳しく知っていなければなりません。仕入れの段階から生産者の方々とコミュニケーションをよくとり、対面式の販売では物の良さだけではなく、人が見えるような話をしていきたいということです。
イベント会場では「石巻市の被災の状況」をもよく聞かれるそうです。涌谷出身の熊谷君が伝えたい、高校生目線の石巻市の魅力とは、“石巻市は「被災した街」だけではない、力強い街であることを強く印象付けたい”と思いを持っています。
3月18日(土)からは東京で販売会がはじまります。そしてはじめて、商品のひとつに東松島市のソックモンキー「おのくん」が加わります。宮城県、そして石巻市の現状を東京でたくさんの方に伝えてきて欲しいですね。

TTT(つなぐ・ティーンエイジャー・ツアーガイドオブ野蒜)尾形祐月さん
高校を卒業して、今思うこと。
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

高校生活の多くの時間を注いできた「語り部」の活動を、この春の高校卒業とともに一区切りさせた仙台白百合高等学校卒業生、尾形祐月さんにTTT(つなぐ・ティーンエイジャー・ツアーガイドオブ野蒜)の活動を振り返ってもらいました。
2011年3月11日は、野蒜小学校からの帰宅途中に尾形さんは地震、津波に遭遇しました。この日は「野蒜駅前商店街マップ」が完成し授業で発表が終わって「野蒜の街の役にに立てる仕事ができたのかな」と思っていた矢先での被災でした。この日を境に、街の景色が一変してしまいます。
尾形さんは、その「野蒜駅前商店街マップ」を手に東松島市野蒜地区でガイドを続けてきました。発表の日には形のあった町並みが今はそのガイドマップにしか残っていない現実。東松島市野蒜地区を訪れる人々には、そのガイドマップを見せながら「ここは今、更地にしか見えませんが、本当はこんなに住宅があって、こんなお店や生活があったんです」と説明した事が多くありました。
目に見える風景と、思い出に残る風景の違いを説明するのは大変難しいことでしたが一生懸命話すことでたくさんの皆さんに野蒜を知ってもらうことが出来た、と話してくれました。
これからは、関東地域での新たな大学生活が始まりますが、今までの経験、そして震災、防災への思いは消える事はありません。新生活で新たに出会う人たちと話すことで、より深い思いや考えが浸透してほしいものです。

3月6日(月)放送

本日は、特別ゲスト「ゆず」の北川悠人さん、岩沢厚治さんがスタジオにいらっしゃいました!
 
東日本大震災後、宮城へたくさん足を運んでいるゆずのお2人は、TBCラジオを通じて被災地にメッセージと歌声を届けてくれました。本日はその2人が震災から丸6年を振り返りお話してくださいます…

震災時は、全国的に自粛ムードで「ここで歌っていいのか」と2人は考え、葛藤し迷いながらライブに臨んでいたと振り返ります。しかしいつもと変わらない声援やみんなの笑顔に、「歌をうたうことで東北の皆さんと気持ちを共有できたのかな」と改めて思うことができました。

最初は東北の方々がライブでも静かなため「本当に歓迎されているのかなぁ」と心配になることが多かったそうです。しかし現地で、空間を共有することで心と心のつながりを感じ、デビュー当時の路上ライブに近い、不思議な気持ちになったそうです。宮城県に限らず、東北の被災地で演奏することでテレビでは掴めなかった感覚を、現地で共有することで「絆」を感じる事ができ、また被災地でライブを重ねる事により距離感が縮まることを実感しました。

そして「また会おう」という言葉の意味が、「希望」にかわること、無理せず時間をかけながら東北、宮城に寄り添うことを今後もじっくり続けていきたいと話してくれました。この6年、被災地に何度も足を運んでいた中で、街並みが復興復旧しているスピードに驚きつつも、進まない「心の傷」を考えることも必要ではないか、あの時に戻れない哀しみもあるのではないかと感じる事もあります。みなさんの気持ちを思ってまた、ずっと足を運びたいと思っています…

 いつの間にか、TBCラジオが「親戚の家に戻るような気持ち」になったとお話し下さったゆずのお2人。いつでも遊びにいらっしゃってください。お待ちしております…

2月27日(月)放送

南三陸町志津川「しお彩」後藤一美さん
佐々木淳吾アナウンサー取材リポート

今週3/3(木)に、南三陸町に新しい本設商店街「南三陸さんさん商店街」がオープンします。今回はそこに食堂を出店する南三陸町出身の後藤一美さんにお会いしました。震災前は、志津川地区で地元の海の幸を提供する食堂を経営していましたが、津波で自宅と食堂を失い、昨年末に仮設住宅に暮らしながら、惣菜の移動販売で生計を立てていました。現在は、新しく造成された高台に自宅を再建し、奥様とお子さん3人の5人で暮らしています。
 当時、奥さんのお腹には9カ月になる赤ちゃんがいたためすぐ車で駆けつけ、車に乗せて長女とともに小学校へ避難しました。長男は入谷地区の幼稚園に通園していたため、全く行動が別になり2日後に後藤さんが山を越えて迎えに行きました。子どもたちは3人とも無事でした。当時お腹にいたお子さんは来年小学1年生になります。震災前の街並みを知らないので、仮設住宅を「大きい家でしょ」と自慢していたそうです。
 その震災から間もなく丸6年。今後は「料理を通じて南三力の魅力を伝える」目標を持って、さんさん商店街という新しい場所で復活します。小学校4年生になる長男の作文「僕の夢はしお彩です」という夢を背負って、再出発します。

新しい生活へ…石巻専修大学を卒業する川上大樹さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

 仙台市荒浜は川上さんにとって大変大事な場所です。きょうは、就職して宮城県を離れる前にどうしても行きたかった荒浜で話を伺いました。この場所は、震災で亡くなった友人の名前が刻んである慰霊碑があります。その友人は、川上さんにとって高校時代、部活が一緒だった、同じ時間を共有し切磋琢磨しあった大切な人です。この友人の死をきっかけに自分自身の将来も考え直しました。
 川上さんは、石巻専修大学で4年間復興支援活動に携わり、4年間でたくさんの人に関わり、学んだことに感謝し旅立ちます。就職先は、正確な情報が伝達されずになくなった友人を思い、情報を伝えるためのアンテナを設置する会社を選んだそうです。研修は神戸というめぐりあわせに、「縁を感じる」と話してくれました。
また、4年間、震災復興支援を学んだ山崎ゼミナールの顧問の先生も川上さんの卒業「右腕を失うようだ」と、とても残念がったそうです。取材のあとには荒浜の観音像に静かに長い時間手を合わせていました。

2月20日(月)放送

伊里前福幸商店街 高橋武一さん
古野真也アナウンサー取材リポート

 南三陸町では、何百年に一度、何十年に一度災害が起こっている町です。その都度沿岸部の街は流されたり、死者が出てしまったりという過去があります。しかしその度に、復活して再生をしている歴史上から、東日本大震災から「再生」できないわけではない、と高橋さんは話します。現在、仮設の仮設で商売をしている歌津地区の福幸商店街は2017年の4月に本設に移動します。
 商店街は、仮設商店街から6店舗、新たに2店舗の8店でのスタートになるそうです。現在、7mの盛土、駐車場も作られ建物の枠組みが組まれ、今までとはちょっと違う商店街に変化します。その名は「南三陸ハマーレ歌津」と名前を変えての営業です。小中学校、漁協など地域のコミュニティの中核を担います。地元の方々が、楽しんで新しい拠点づくりをしている姿が印象的でした。
 街づくりは、一から作る楽しみもあり、2017年4月のオープンがとても楽しみな商店街の一つになりそうです。

石巻市南浜地区 南浜つなぐ館 中川政治さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

 石巻市の南浜地区は震災前、1000世帯以上の方々が暮らしていました。震災遺構になる門脇小学校も近くにありますが、今は災害危険区域となっているため、この場所で生活をすることはできません。今後、2020年にはこの場所に復興祈念公園が出来る予定です。
 中川さんは、京都の出身で震災のニュースを聴き石巻市にボランティアとして入ってきました。この「南浜つなぐ館」は、震災前の南浜地区の再現したジオラマ、VRスコープなど震災時の風景を見る事が出来ます。
被災して、何もない南浜で、震災前、震災後の風景を忘れない、風化させないためにも「記録」「記憶」を残す、みることのできる場所として今後もこの地で、街の状況を伝えていきます。つなぐ館では、みんなの記録を収集することもしています。今後50年、100年後の後世にもこの地で何が起こったかを知らせる施設としてその役割を担っていく予定です。

◆お知らせ◆
ゆりあげさいかい市場5周年感謝祭
日時:平成29年2月25日(土)
   午前10時~午後2時まで

名取の特産品を「めしませ、なとりセット」(赤貝の握り、笹かま、せり鍋、新酒など)を600円で販売します。
その他ティーナカリーナの歌謡祭や、まぐろの解体ショーなども行われる予定です。ぜひ足をお運びください。
詳しくは、
http://yuriageasaichi.com/
まで。

2月13日(月)放送

南三陸 民宿下道荘 菅原由輝さん
古野真也アナウンサー 取材リポート

今年37歳を迎えた菅原さんは、小さいころから実家の民宿を継ぐため調理専門学校で料理を学んだ後、秋保のホテルやお店を経て、現在民宿の経営をしています。この下道荘は、南三陸の海が一望できる高台に建っています。この高台はもとは竹藪で、土地の持ち主に何度も頭を下げて譲って貰いました。
 震災前、民宿下道荘はもっと沿岸よりで、海から500mのところにあり震災の時、民宿は40m引き波でながされて1階がつぶれてしまいました。自宅も大規模半壊でした。
 津波に襲われたあと、親戚の家でおばあさまをみてもらっていましたが、その送迎の帰り道に、先代である菅原さんのお父さまが泣きながら「今まで30年、なんだったのか…」と菅原さんに心のうちを明かしたそうです。
 その姿を見て、被災後1週間後には家族で民宿再建を心に誓いました。その一方で民宿経営について不安や苦悩も抱えました。家族を養っていけるか、南三陸町が元のように観光でにぎわう町になるのか…しかし震災からわずか11カ月の2012年2月17日に民宿を再開し現在も工事従事者を中心にお客さまを迎え入れています。
 これからも、故郷である南三陸の良さ、海の幸山の幸のおいしさをしってもらうために、地元で愛される宿にしていきたいということです。

山元町いちご農家の新たな取り組み 
山元いちご農園 大槻忍さん 村田エリカさん
林朝子アナウンサー 取材リポート

山元町にある山元いちご農園では、震災後被災したいちご農家が集まってできた農業法人です。3.1haの土地に10棟余りのイチゴハウスが立ち並び、まさに今収穫時期を迎えています。
こちらのイチゴ栽培には、なんとイチゴのためのクラシックを作曲して、その曲を聴かせて成長させる栽培方法を実行しています。震災後、県外の醸造会社にイチゴワインを委託してつくっていましたが、去年12月に新たにレンガ作りの建物、イチゴのワイナリーを作ったためイチゴの栽培からワイン製造まで一貫して山元町の農園でできるようになりました。
こちらで働く大槻忍さんと村田えりかさんは震災を機にこの仕事に就きました。2人とも夢を持ってこの農園でいきいきと仕事をしています。
ワインを醸造するのは3人。その中でも1番若い村田さんは22歳。ご出身は栃木県ですが、海のある、素敵な町山元町でイチゴワイン醸造の担当をしています。1年目から醸造の担当として試行錯誤の日々が続いていますが、しっかりお客様に届くいちごワインを作って町に、会社に貢献できればと思い仕事を楽しんでいます。
ここ山元いちご農園内のカフェ「ベリーベリーラボ」では、スパークリングワインの「苺夢(べりーむ)」、「愛苺(まないちご)」「苺香(いちかおり)」が試飲できます。是非一度訪れてその味をお試しください。