12月11日(月)放送

仙台市 ハム・ソーセージ専門店アインベルク
小笠原遥アナウンサー取材リポート

仙台出身の店主・松本力さんはサラリーマン生活をやめて、かねてから希望していた食肉加工会社でソーセージを作る仕事、職人になるために茨城県守谷市で修業を積んで、食肉加工技術を学びました。
2011年には静岡県御殿場市にあるハム・ソーセージ専門店の責任者として仕事をしていましたが東日本大震災の発生から、生まれ故郷の仙台に戻りたい気持ちが強くなり、念願かなって今年9月に故郷・仙台で自身のお店をオープンしました。

宮城仙台の名物、練り物文化のひとつである「笹かま」もソーセージ作りと一緒。地元で受け継がれてきたシンプルな笹かま作りには、自分が思う「職人のココロ」に共通点があると考えています。震災後、自らが大切にしてきた故郷仙台で念願のヨーロッパの技術を用いたこだわりのハム・ソーセージ専門店をオープンできたことに喜びを感じながら、宮城産の新たな名物になるよう、日々ハム・ソーセージづくりに精進しています。

女川町 鷲神大道地区「串焼きたろう」千葉静郎さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

女川ポスター展で有名になった「ツイッター?やってないけど、つぶ焼くよ」のキャッチコピーのポスターで一躍有名になった、女川町の串焼き屋さんの店主千葉さんは、現在、新しい店舗での営業に向けて準備をしています。
これまで千葉さんはきぼうの鐘商店街で営業を続けてきましたが、商店街が終了する2年前に自宅を石巻に構えたことをきっかけに、夜の営業をやめてテイクアウト専門店として営業を続けてきました。
きぼうの鐘商店街で営業していた時は、ポスターのキャッチコピーに魅せられて日本中からお客さんも立ち寄ってくれてうれしかった、と語る千葉さん。震災が無かったら…そう思う日もあったそうです。しかし、今後は女川に生まれ育ち、もらった命だからこそ女川の街のためにこれから恩返しの真似事でもできればな、とつぶやきます。
9月30日をもって商店街は終了となりましたが、震災7年目を迎える年明けに「串焼きたろう」は新店舗で店を続けることに決まりました。今後も、その人懐っこい笑顔に会える場所ができるのが楽しみですね。

12月4日(月)放送

亘理町 サーフショップトリトン 高城定さん
佐々木淳吾アナウンサー 取材リポート

亘理町長瀞でサーフショップ「トリトン」を営む高城定さん(49)は、白石市出身で地元に一番近いという理由で、亘理町でサーフィンをはじめ、以後32年間この道一筋、仙台のサーフショップに勤務した後、独立して亘理町に移住しました。
現在の場所に「トリトン」を開店して12年です。震災で自宅と店舗が被災したものの、お店はその年の夏に元の場所で再開しました。今回はそのお店「トリトン」でサーフィンとの出会い、魅力をお伺いしました。
一目ぼれしたサーフィンと出会ったのは、高校の時です。波がくるかもわからないものを待って波に乗る…海に出向かないとわからない景色と、海から見る景色に魅せられたのがサーフィンとの出会いです。
震災でお店は被災、サーフィン仲間は2人亡くなってしまい、大津波の被害の大きさを目の当たりにしました。もちろん亘理の海にも入れない期間が続きその後、自粛期間を待ってサーフィンを始めたときは、波が津波に見えて恐ろしく感じたこともあったそうです。しかし、サーファー仲間の支援を経て「トリトン」は亘理町長瀞で再開することができました。
佐々木アナは、高城さんに海はこわくないのですか、と質問をぶつけたところ、「怖くないって言ったらウソになっちゃいますけど、海に助けられてもきているので…あの日海に裏切られたくらいです。仲間がいるという素晴らしさ、団結力は震災がなかったら感じられなかった」とお話しくださいました。今後も高城さんは、震災の教訓を分かち合い、宮城の海のすばらしさについて発信し続けていきたい、とも話してくれました。

津波のあとの十三浜 -復興への祈り- 佐藤清吾さん
藤沢智子アナウンサー取材リポート

昨日12月3日(日)に石巻市で行われた「津波のあとの十三浜 -復興への祈り-」の出版記念パーティに取材に出かけました。佐藤清吾さんは、昭和16年十三浜大室で生まれ、家業は半農半漁、昭和42年に分家になり山林田畑を譲られるも漁船に乗り、その後会社勤務を経て十三浜漁協代表理事組合長になりました。
この「津波のあとの十三浜 -復興への祈り-」は、佐藤清吾さんが直面した震災直後の思いや、浜や地域の復興の道のりについての貴重な記録です。本には震災後から、復興これまでの道のりを詳しく記してあり、亡くなった家族、親せき、友人のために記録に残したそうです。震災時には、大事な家族(妻と孫)が津波にのまれてしまい最愛の家族を失います。失意の中、現在までを残した書籍は、下記にて取り扱いを行っています。

〒986-0017 石巻市不動町1-10-10
TEL(FAX)0225-96-2008 090-2950-6176
担当:齋藤みや子さん

11月27日(月)放送

気仙沼の秋 不漁のまま終わる
東北放送気仙沼支局 重富裕昭記者 電話リポート

気仙沼のサンマ、みなさん今年は食べましたか?ニュースでも不漁であるとか、価格高騰という話題がたびたび取り上げられていますが、実は気仙沼港ではきょうも茨城沖を中心に獲られたサンマが水揚げされています。とはいえ、水揚げされたサンマもほとんどが小さなサイズのもので、大半が加工用のものとして取引されていました。そして関係者からはそろそろサンマ漁は終わるのではないか、と囁かれています。今シーズン、気仙沼のサンマの水揚げ量は去年の6割にも満たない量で、サイズも小さいものがほとんどであるのにもかかわらず取引金額は去年の8割をキープしています。つまり今年のサンマは「小さくて高い」という状況です。
不漁はサンマだけにとどまらず、生鮮カツオの戻りカツオの時期が短く、今年はなんと10月でほとんどの船が漁を切り上げて故郷へ戻っています、また秋サケも不漁が続き、サケ1本がなんと、メスが1匹1万円(去年は3000円)!という高値取引が続いています。そんななか、豊漁なのが三陸沿岸の「マダコ」。去年の4.4倍の水揚げとなっていて、石巻や気仙沼、岩手県でも豊漁となっています。
そのマダコは、三陸海岸だけが豊漁ということで価格が高くなっていることから、市場の大きな存在となっています。来シーズンは少しでも水揚げ量が回復し復興が加速すればよいな、と思っています。

東京中目黒バーGlow 内田拓麿さん
伊藤晋平アナウンサーリポート

東京中目黒のバーGlowの店主内田拓麿さんは、南三陸町のご出身で4年半前に中目黒にバーを出店しました。2013年に東京で店を出すと決めるまで、決断に半年ほどかかりこの期間は仮設住宅で過ごす非常に苦しい時期だったそうです。仮設住宅で考え抜いた末に決めた東京進出、今は背中を押してくれた地元南三陸町の仲間に感謝しかないと話してくださいました。
東京では1人で店を切り盛りしていて、夜8時から朝5時までの営業…。片付けや仕込みの繰り返しの毎日で、南三陸町での営業とは全く異なる過酷さが待ち受けていました。しかし、隠れ家的店舗に地元の仲間などが顔を出してくれたり、業界人が通ってくれたりしてなんとか軌道にのってきたと感じることができました。お店のメニューはもちろん南三陸の地元の食材を使用したもので、宮城のお酒、食材を使っているので南三陸を東京で知ってもらう機会になっています。三陸直送の魚介類のおつまみが豊富な店は今後はもっともっと宮城県を意識しながら、お店で地元の食を提供できればと、考えているようです。

中目黒バーGlow
東京都目黒区東山1-21-26
080-4164-3998

11月20日(月)放送

名取復興文化祭 名取サポートセンターどっとなとり 菊池真理子さん
古野真也アナウンサー取材リポート

11月5日(日)に名取市文化会館大ホールにて「名取復興文化祭」が開催されました。ご高齢の方々の参加が多く、訪れた方々はお友達と談笑しながら演目を楽しんでいました。このイベントは、尚絅大学と名取サポートセンターどっとなとりの共催で、被災された方々、地域のコミュニティづくりを支援するサロン、地域の方々が参加する会です。
会場内の手作りの看板は、今回参加できない人たちが加わり制作していて、地域の方々が大勢関わる文化祭となっています。会では名取にゆかりのある民謡や踊りが演目として披露され会場には毎年文化祭を楽しみにしていらっしゃるという観客、演者さんが文化祭を通して元気をもらって心から楽しんでいました。
震災後にひとりになってしまった方々も、この文化祭という目標のために参加・交流し、ひとつにまとまることが醍醐味、励みにしているというお話も会場からは聞こえてきました。ゆくゆくは地域の方々が自主的に地域の活動として、名取の地域の活動として、心を表現する場になっていくことが目標です。来年の文化祭も「まちのおまつり」として盛り上がっていくことに期待が持てます。

石巻市「カー・シェアリング」の今 日本カーシェアリング協会 吉澤武彦さん
林 朝子アナウンサー取材リポート

震災で多くの方が、大切な車を流されその人々の移動手段になればとはじまったこの取り組みは、1台の車を複数の人たちが共同で利用できる仕組みで、移動手段、仮設住宅でのコミュニティ誕生へのきっかけになるなど大きな役割を果たしています。
人々の「足」から、地域、暮らしをよりよくするための手段に変わり、現在は使用方法やルールも利用する方々とともに発展してきました。月の予算がオーバーすると、みんなで旅行を企画して参加費を募るなど楽しく工夫されています。
利用者の方々は「病院」「買い物」などで車を利用してカーシェアリングの便利さを確認していて、免許を返納しても、買い物ツアーやランチツアーなど自分で運転しなくてもよいことが、人気のひとつとなっています。利用者は、もっともっとみんなに知ってもらい、参加してほしいと思うまでになりました。
日本カーシェアリング協会の吉澤さんは、電気自動車を使った防災活動にも力を入れていて、なかでも吉野町復興住宅では太陽光パネルを設置していざというときのために使用方法を確認したり、車を利用した防災訓練などを行っていたりと、新しい取り組みにも着手しています。もっともっと石巻市に根付いていくためへの努力は今後も継続して行われ、石巻市の市民の皆さんのためのスタート地点だとも話してくれました。

11月13日(月)放送

名取市愛島 プレワーカーズ須永 力さん
伊藤晋平アナウンサー取材

今回話を伺ったのは、一般社団法人プレワーカーズの代表 須永力(つとむ)さんです。須永さんは25年以上子供に遊びを提供するプレワーカーを務めています。プレワーカーズは震災以降被災した各地で、遊びを提供する活動をしていましたが、今年の7月に須永さんは名取市愛島に子どもたちに遊びを提供する拠点を作りました。名前は「○○(まるまる)」で、お庭と縁側のある家です、その施設の中ではゲーム機ではなく野球盤や自分たちで木を切って作ったオリジナルのおもちゃがありました。
「ぶんちゃ」と生徒から慕われる須永さんは、震災当時は静岡にいましたがその仕事の区切りをつけて被災地に入り、子供たちに遊びを提供しようとプレーカーという車に道具を積み込んで各地に出向きます。子どもたちは震災直後は荒っぽく、激しい喧嘩も良くありました、何かを壊してストレスを解消しているようでした。その後は、だんだん落ち着きを取り戻してきましたがそれは、子供たちのやり場のない気持ちの現われだったのかもしれません。本当に深く心に傷を負った子供たちは、その遊び場にさえもでてこれない状況でした。須永さんはそんなみんなが、遊び場に出てこられるまでやり続けたいと話します。
出張で、よそ者として遊びを提供してきた須永さんは、今回名取市に腰を据えて市民としても生活しています。よそ者ではなく、地域の人間として周囲の方々と協力して、楽しく今後も活動を続けていきたいと話してくれました。各地域、各学校のそばに1軒「○○」のような施設ができることを強く願います。

女川あがいんステーションスタッフ 阿部真知子さん
電話インタビュー

9月の初めに、女川駅前に「女川交番」ができました、仮設だった銀行や郵便局などが本設として新たなスタートをきりました。最近は、宿泊施設のトレーラーハウスが周囲に建ち、女川の夜もにぎわってきています。ゆっくり宿泊して夜の街を探検するのも面白いですよ。今なら女川のさんまも食べられますので、それも楽しみにお越しください。
また、浦宿浜の仮設商店街「きぼうのかね商店街」が9月30日で営業を終え、2,3店舗が新たな仮設店舗で営業再開、その反面これを機にお店を閉めたお店もあります。災害公営住宅も85%ほどが完成し、平成30年3月には、集合や戸建てを含めすべてが完成する予定です。また、女川駅庁舎も役場が来年9月完成予定で建設されています。