8月6日(月)放送

気仙沼市 菓子舗サイトウ 斉藤 博さん
古野真也アナウンサー

気仙沼市にある洋菓子店「菓子舗サイトウ」の店主、斉藤 博さんにお話を伺いました。
気仙沼高校卒業後、仙台で5年修業を積みその後23歳の時に気仙沼に戻って父親が経営していた菓子店を継ぎました。現在、2代目店主として現役で仕事をされています。
気仙沼小学校の坂の下にあった場所から2010年11月に南町夢通り商店街に移転し、地域の方々の買い物のため、フェリー乗り場利用者の方々にも利用してもらえる場所への新築移転でした。しかし東日本大震災で被災し、借金を抱えてしまいました。
その後、ボランティアの方々の懸命な姿や、再開の支援をしてくれた仙台市内のお菓子屋さんなどいろいろな力によって、旧市立病院「たなかイキイキ商店街」に工場を構え、南町復興商店街での営業を経て、2017年5月に半世紀続く「菓子舗サイトウ」の新店舗を再開させます。
新店舗の場所は、気仙沼湾横断峡、気仙沼ICに位置します。今後も気仙沼市の復興と発展のために尽力して行きたいと話してくれました。

女川水産業体験館 あがいんステーション 阿部真知子さん
電話リポート

夏休みの女川は、家族連れでにぎわっています。先週は獅子ふり披露会や映画上映会などイベントがあり、町民そして観光客の皆さんが大いに盛り上がりました。町民の皆さんにとっても大事な故郷のおまつりです。
さてこのおまつりで使う獅子頭、震災後津波で流されていて行方不明になっていたものでした。しかし拾得物として大事に保管していた方が、女川に届けてくれて今年7年ぶりに獅子頭が持ち主のもとに戻りました。震災7年経った今、この獅子頭が戻ったことが町民にとってうれしい話題でした。
またこれまで仮設住宅に住んでいらっしゃった方々も、公営住宅や自立再建された方が多くなり、家族を迎えて女川で過ごす「初めてのお盆」を迎える方も多くなったそうです。うれしいですね。

<<今後のイベント情報>>
・お盆だよ、全員集合
 日時 平成30年8月11日から9日間
 場所 女川ハマテラス

きぼうのかね商店街にあった、「カフェごはんセボラ」が女川町浦宿浜字十二神に新店舗を移転オープンしたこともうれしいですね。
・Cafe ごはん「Cebolla-セボラ」
 住所 女川町浦宿浜字十二神60−3
 電話 090-7936-4439

7月30日(月)放送

気仙沼市歯科医師 菅原恭 さん
佐々木淳吾アナウンサー リポート

菅原歯科医院 副院長の菅原恭さんは、法医歯科協力医で、東日本大震災時の身元確認のため2011年の5月くらいから御遺体の歯形から身元確認作業に携わりました。法医歯科協力医とは、身元確認や死因究明のためご遺体の歯形から身元を割り出し、速やかに遺族に戻すために警察庁と連携して確認を行う仕事です。
気仙沼署では5人の歯科医が携わりましたが、遺体の損傷の激しさの中、極限の中、ご自身の限界を感じて辞退される歯科医師もいました。継続するのが困難であった程過酷な現場でした。また、ご遺体のカルテが見つからなかった方の照合は、できないという状況もありました。
命を助けるのが「医師」、ご遺体の尊厳を守るのが「歯科医師」という過酷な現場で、強い意志をもって身元確認につとめた菅原恭 さんをはじめとした医師の方々がいらっしゃったことに感謝し、また将来起こりうる大地震など災害に関し、法医歯科協力医が重要な役割であることを知ってほしいと思います。


全国地震動予測地図 今村文彦教授
根本宜彦アナウンサー 取材リポート

今後30年以内に震度6弱以上の揺れに襲われる確率などを色で示した「全国地震動予測図」の最新版が先月公表されました。この地図の見方や最新版の特徴、活用の仕方などについて東北大学災害科学国際研究所所長の今村教授にお伺いしました。

・地図の見方
全国の活断層や海溝型をすべて足し合わせたのが「全国地震動予測図」です。計算方法は断層の代表的な数値を入れてそれによって震度を算出し、そして地震の発生の確立評価を組み合わせてできました。ある特定の震源断層において地震が発生した時に、どのくらいの人口が揺れにさらされるかの人口分布を示すものもあります。

・特徴
千島海溝沿いの地震、四国地域の活断層、九州地域の活断層の一部が評価結果に取り入れられたのが、2018年度版の新たな長期評価結果です。

・活用の仕方
日本地図にある色分けを確認しましょう。黄色~オレンジ~濃い赤になるにつれて地震の発生、数値の大きい部分と少ない部分で評価されています。
宮城県では40年に1度くらいの頻度で大地震が起きています。長町・利府断層は首都圏よりは数値は低い評価となっています。しかし、地震がいつ起きるかはわからない、可能性が「ゼロ」ではないため、大小というよりも、以前よりも地震発生の可能性が低くなった「確率」を確認するためにも、一度この
「全国地震動予測図」に実際に触れてみて、それぞれ確認していくことが重要です。

7月9日(月)放送

東松島市 写真で伝える被災地 中村綾杜さん
藤沢智子アナウンサー取材リポート

震災当時、小学校5年生だった中村さん。活動は東松島市野蒜を中心に、震災時から被災地の写真を撮り続け、高校生になってから「写真で伝える被災地」を本格的に立ち上げました。高校を3月に卒業した中村さんは介護の仕事をしながら、今も「写真で伝える被災地」を継続して行っています。
今月には、社会人になってからはじめて東松島市野蒜市民センターでイベントを行います。今まで取り続けた写真の掲載や、あの日の現状を詳しく話すトークイベントなど、盛りだくさんです。

■写真で伝える被災地
日時
平成30年7月15日(日)午前10時~午後5時
場所
東松島市野蒜市民センター会議室2.3
内容
写真展示、パノラマ写真展示、おちゃのみコーナー、震災関連コーナー、非常食・段ボールベット展示、体験コーナー

また、今後の活動への支援・ご協力していただける方も募集中です。東日本大震災を記憶し継承していくのは、おそらく中村さんの年代が最後かと思います。継承していくために話せる世代がいない時代が間もなくやってくるかもしれません。活動にご賛同いただける方には、下記ホームページよりご支援いただければと思います。https://syasinndetutaeruhi.wixsite.com/syashin-hisa…/blank-4

山元町 バーCOZY 向井康治さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

埼玉県で造園業を営む向井康治さんが月に4回だけ開いていた、山元町花釜地区の一軒家「バーCozy」をご存知ですか?
現在はバー併設のシェアハウス「CozyHouse」としてありますが(1月オープン)、以前は、ノンアルコールのカクテルなどを作り地元の方々が集まる憩いの場として存在していました。そこから、向井さんと地元の方とで飲み物を通したコミュニケーションが始まり、今も山元町の様々な出会いの場となっています。
週末に、埼玉から宮城県に車でやってきて、バーはもちろん田んぼの生き物調査や様々な活動に参加している向井さん。震災前、全くゆかりのなかった場所、山元町に今も通い続けているのはなぜでしょう。その原動力は、山元町のみなさんと地元埼玉の友人以上に濃厚な時間を過ごし、深い関係ができあがっていることだと話してくださいました。「人生の中でもらったものを返す」、そんな気持ちが向井さんを駆り立てています。
「バーCozy」は、月に4回、週末の金・土曜日に開店しています。時間は夕方6時から10時ころまでですので、興味がある方はぜひお立ち寄りください。

バーCozy

https://www.facebook.com/コージーハウス-974718889353215/

7月2日(月)放送

仙台市防災運動会 今村文彦教授
後藤 舜アナウンサー取材リポート

先月23日にを宮城教育大付属特別支援学校で行われた防災運動会(みやぎ防災・減災円卓会議主催)は、防災意識を高め、防災啓発の強化を目指した取り組みです。災害発生時に役立つ競技が数多くあり、競技のなかには新潟県中越地震で4人が亡くなったことを教訓に生まれた「ぐるぐる体操」(エコノミー症候群を予防する体操)や「減災○×クイズ」、「災害時借り物競走」、そして車いす利用者との避難を体験する「車いす避難リレー」などのメニューがありました。参加者は体を動かしながら防災を学ぶ、また災害時に何が必要か考えながら行動するなどで、「瞬時の判断」の大事さを再度確認したようです。
東北大災害科学国際研究所の今村文彦所長(円卓会議世話人)は、「焦らず落ち着いて行動をすることの大切さ、体の不自由な方への配慮・声がけなどを競技から学ぶ、理解を深めてほしい」とあいさつしました。また「防災運動会は楽しく学べる機会で、小学校3年生から高齢者まで幅広く、体を動かしながら学ぶことができ、町内会などで取り入れ継続することが必要」だとも話してくれました。

菖蒲田浜YARN ALIVE テディ・サーカさん
林 朝子アナウンサー取材リポート

テディさんは40年前に宣教師の夫と当時1歳だった息子さんとアメリカから来日、その後七ヶ浜の魅力に惹かれ、11年前に引っ越ししてきました。「YARN ALIVE」は「毛糸で生き生き」という意味を持ちます。編み物教室を通して被災した人々のコミュニティつくりを、と2週に1度編み物教室を現在も続けています。
震災時、自宅は被災を免れたものの、電気も水も通らない中降った雪を水にして利用し、生活を続けてきました。阪神淡路大震災の時に、高齢のおばあちゃんたちが何人も自殺したことを聴き、祖国へ戻らずに七ヶ浜で大好きな得意な編み物でみんなと親交を深めました。
「誰かのために、の心がみんなを支えていた」と振り返るテディさん。2015年には仮設住宅をでてバラバラになった人々が集まれるようにと「YARN ALIVE」を建設しました。この建物・活動は世界中の人たちの力を借りて成り立ち、今も継続しています。
七ヶ浜のおばあちゃんたちと作ったブランケットは、海外、例えばシリア難民の方々に贈ったこともありました。「これからも誰かのために」この活動は今後も続いていきます。

6月25日(月)放送

石巻市北上町 イシノマキファーム 高坂岳詩 さん
大久保 悠アナウンサー 取材リポート

農業を通して地域、社会、自然とつながるをテーマに自然療法と有機農法の手法を取り入れながら、イシノマキファームの高坂岳詩さんは様々な農作物を生産しています。同時に若者の就労支援なども目的に活動されています。
震災当時は、東京でIT関連の仕事をしていてビルの大きな揺れに驚きました。地震のあとはシステム系の仕事であるため、2,3日は復旧作業に追われたということです。
東北での震災ボランティアをすることで、これをきっかけに「30歳を機に、東北で仕事を」と思うようになった高坂さんは、1年間限定のNPO法人の仕事に出会います。内容は石巻市の不登校児や引きこもりの子供たちに就労支援する仕事で、期間限定の仕事であったため就労するのをためらい迷いましたが、意を決して東京から石巻に引っ越してきました。
そして「心の復興事業」、仕事の一環であった畑仕事を通じて仮設住宅の方々にも元気になってもらおうと始めたのが「イシノマキ・ファーム」です。
ソーシャルファームという考え方で、地域の課題をビジネスという手法で解決し、利益で不調を抱えた若者が、何とか就労できるように訓練をする場所を提供する、というモデルを確立していきます。
今後も、高坂さんは地元のおじいちゃんおばあちゃんと若者が農業を通じてコミュニケーションを保ち、その手助けをしていきたいと話してくれました。

東北大学災害科国際研究所 遠田晋次教授
根本宜彦アナウンサー取材リポート

【直下型地震について】

直下型地震は、めったにこない揺れではありますが、直下型地震で浅い場所で揺れる場合、M6以下でも、最大震度6弱になったりします。
また、揺れの長さも熊本地震はわずか10数秒、311東日本大震災は3分弱。揺れが激しい、長いなどで被害が大きく変化します。
宮城県内では利府・長町活断層(仙台平野の西の活断層帯で仙台市を経て村田町まで)や、未知の活断層が多く、全体的にはまだまだ調査が必要です。
2-3000年毎に大きな地震の周期があり、活断層も数千年規模で動くそうです。私たちは、突然の大きな揺れが特徴の「直下型地震」に備え、命を守るために、耐震性のある建物にいること、安全な場所に移動すること、テレビなど大きなものが自分自身に落ちてこないことなどを日ごろからチェックすることが大切です。
万が一の際には、自分自身の場所を知らせるホイッスルなどを準備したり、割れ物が入っている棚のストッパーなど準備したり今一度点検してみましょう。