9月30日(月)放送

桂島黒松植樹活動 内海 粂蔵さん
粟津ちひろアナウンサー取材リポート

松島湾に浮かぶ浦戸諸島のひとつ、桂島。マリンゲート塩釜から市営汽船に乗って20-25分で到着できる島民150名が暮らす島です。その島で震災でなくなってしまった黒松並木を復活させようと、9月21日に植樹活動が行われました。桂島はかつて海岸約500Mに渡って黒松並木が立ち並び、美しい景観が広がっていましたが、震災の津波塩害で立ち枯れてしまいました。
宮城県内では、名取市閖上や荒浜、岩沼、亘理など各地で植樹活動を実施していますが、震災から8年半の時を経て、ここ桂島では区長内海粂蔵さんが植樹活動を企画しました。参加者は地元の小学生から宮城県塩釜・松島・多賀城、東京の大学からなど120名、作業時間は1時間で、海岸約300mに750本ほどの黒松を植樹することができました。
植樹した海岸を見て、内海さんは「50~60年後の桂島に松が生い茂る姿が想像できる・・・」と感無量でした。大きくなるには何十年、何百年という月日がかかります。しかし東日本大震災以前の桂島が戻ってくるための第一歩を歩み始めました。

陸前高田市 鳥羽太 市長 「陸前高田市のいま」
聞き手:藤沢智子アナウンサー

東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市に整備が進められていた、国営追悼・祈念施設の一部が9月22日から一般公開が始まりました。
施設に隣接した津波伝承館と道の駅「高田松原」もオープン、一帯は津波浸水域で国と岩手県、陸前高田市が「高田松原津波復興祈念公園」として整備を進めています。
宮城・福島に先駆けてオープンした施設について伺いました。

9月2日(月)放送

女川 ゆめのカフェ 八木純子さん
安東理紗アナウンサー 取材リポート

女川町高白浜で育った八木純子さんは、2011年の震災時、女川町の塾で子どもたちに勉強を教えていました。幸い塾も生徒も被害に遇わずに済みましたが、地元女川町で津波の被害に遇った人たちのために何かしたいと、すぐに子供たちと一緒に避難所で「託児」ボランティアを始めました。
その後、2011年の7月からは仮設住宅に届いたTシャツを使って高齢者の方々と「布草履づくり」をスタートさせ、生きる目標を持たせることで今後の生活に変化をもってもらうことに尽力し、2014年に女川町高白浜で唯一津波に耐えた八木さんの実家の倉庫を回収してコミュニティハウス「ゆめハウス」をオープンさせます。1年で5000人もの人が訪れる場所になった「ゆめハウス」では、その後仕事を失った元漁師の方々とイチジク栽培を始め、「心の復活」のお手伝いも手がけました。現在「ゆめハウス」はカフェとなっています。
まだまだ女川町の復興を手伝いたい八木さんはそのほか、女川の上五区と女川南の2エリアで「地域食堂」の活動を始めました。地域食堂とは、地域の人たちが地域の人たちのために食事を作って食べてもらう場所。一人暮らしの人達が話をしながら食事をする、普段食べない種類の料理を食べる機会を持つ場所となっています。地域の人たちの集う場所として重宝していて、見守り機能も発揮しています。震災で傷を負った人たちの心のケアを、八木さん自身が楽しんで「楽しい時間」を提供する素敵な場所として発展しています。今後、この活動が必要のない時がくるまで頑張っていきたいと話してくれました。

気仙沼市(大島)の夏休み
気仙沼支局 重富裕昭記者リポート

2019年、気仙沼市大島周辺には観光客がおよそ2.5万人が訪れた、という集計が発表されました。地元に気仙沼大橋が架かったことで交通の便が良くなり、1996年以来最多の観光客が気仙沼市に訪れたそうです。今年の夏は気仙沼大島大橋が開通した初めての年ということで経済効果があり、島民にとってもうれしい夏、賑わいのある夏となりました。
夏休みには、海鮮丼やソフトクリームをめあてに訪れる観光客や海水浴客、きれいな星空を見るために宿泊して夜を満喫する旅行客がたくさん訪れたことは大変うれしいことではありましたが、その反面観光客が多く出入りしたため、駐車場が満車で観光があまりできなかったり、食事の供給数が足りなくなり、島以外の場所で食事をとらなければならない観光客も多く出てしまい、課題が残る部分もありました。
今後、秋冬の観光需要は徐々に減少していきますが、ここにも気仙沼市大島の魅力を分析して、しっかり年間を通して観光客を呼ぶ仕組みづくりをしていくこととなりそうです。

<<お知らせ>>
来週9月9日は野球中継のため、番組は休止させていただきます。

7月29日(月)放送

宮城学院女子大学 「3.11-あの日のココロを後世へ-」シンポジウム開催について
インタビュー:藤沢智子アナウンサー

宮城学院女子大学3年生の鎌田陽菜さん、日比野愛(まな)さん、三浦あゆみさんにスタジオにお越しいただいて「3.11-あの日のココロを後世へ-」シンポジウムについてお伺いしました。

宮城学院女子大学の学芸員過程では、毎年博物館に関するテーマを取り上げてシンポジウムを開催しています。東日本大震災時は小学校6年生だった学年、今年20歳になることもあり「3.11-あの日のココロを後世へ-」というテーマを選びました。東日本大震災から8年がたった今、人々の当時の記憶が薄れ始め、災害への危機感がなくなってきていると感じる中、先日の新潟・山形沖地震で改めて震災の恐ろしさを実感しました。いつまた震災が起こるかわからないということを再認識し、震災を経験した私たちが「美術館・博物館で震災を伝える」というテーマでディスカッションしていきます。
ひとくちに「震災」といっても地域や環境によって人それぞれの「震災」があり、感じ方も違います。地域の各博物館・美術館で開催された4つの館での展示や企画に関して取材をし、インタビューをもとにテーマを掘り下げ、当日は話し合います。
パネラーは、仙台文学館の赤間亜生さん、仙台市歴史民俗資料館の佐藤雅也さん、、南相馬市博物館の二上文彦さん、東北歴史博物館より小谷竜介さんです。メインテーマの「後世に伝えていく」というシンポジウムですので、気軽に参加していただき、今後震災に対してどのような活動ができるのか、していくべきなのかを一緒に考えていきましょう。

3.11-あの日のココロを後世へ-
日時 8月10日(土)午後1時から
会場 宮城学院女子大学 講義寒201教室
入場 無料

来週8月5日、12日はプロ野球中継のため番組はお休みします。次回の放送は8月19日になります。

7月22日(月)放送

石巻市北上町十三浜大室 佐藤清吾さん
藤沢智子アナウンサー取材リポート

石巻市北上町十三浜大室の復興住宅に住む佐藤清吾さんを取材しました。
北上の漁協の支所長として養殖の再開、わかめサポーターをはじめるなど、地域の漁業の復興や、地域の復興に尽力されてきました。以前、大室南部神楽の復活のきっかけを作った時も取材させていただきました。最近、佐藤さんは高台に移転して2年経過し 久しぶりに取材です。
以前は、浜に面したところに家があり外出すれば仕事の準備をする顔見知りと自然に会うことができましたが、住まいが皆高台に移り、イベントがなければ顔を合わせることができません。そのコミュニティを保つために活躍しているのが相川地区コミュニティセンターです。宿泊もできるこの施設は、住民の要望を取り入れて建設にこぎつけ、遠方からのボランティアのみなさんともここで顔を合わせ、話・交流をすすめることができます。
公共施設が何もなくなってしまった地区ですが、ソフト面での復興はまだまだ進んでいません。郵便局もポストだけで窓口はできていない状況が続いていたり、人口が増加しない状況が続いたりと、様々な問題がまだまだ山積みです。ひとつひとつ解決していくことを希望します。

気仙沼市小泉海水浴場 9年ぶりの海開き
林田悟志アナウンサー取材リポート

気仙沼市の小泉海水浴場が7月20日、9年ぶりにオープンしました。延長650Ⅿ、広さ約3.9haの広大な砂浜と2万4千個のブロックを使った長さ820mの防潮堤が特徴的です。きょうは地元でサーフショップを経営している鈴木優美さんを取材しました。
鈴木さん夫婦が営むサーフショップ「かぶとむしShrfshop」は1978年に開店、しかし東日本大震災でお店は被災し、現在本吉町登米沢で移転営業中です。ここまでの8年、地元本吉地区の5ヶ所くらいのサーフポイントにサーファーを紹介したり道案内をしていましたが、小泉海岸の海開きとともに新ポイントのひとつとしてご案内しています。
7/21(日)の高校生主体の海フェスは、息子さんが中心メンバーに入っていて、若い力が気仙沼の新しい魅力の発信を行っています。今後も、未来のためにビーチクリーン活動や小泉海水浴場が以前の活気を取り戻せるようにみなさん、元気に活躍中!夏だけでなく、1年中みんなが集える場所として盛り上げていきたいと話してくれました。

6月17日(月)放送

石巻市北上町橋浦地区 デ・リーフ北上代表 鈴木嘉悦郎さん
古野真也アナウンサー取材リポート

6月初旬に取材させていただいた石巻市北上町の「デ・リーフ北上」は、最新技術を取り入れた新しい農業施設です。大きなビニールハウスは光や温度、二酸化炭素の濃度までコンピューターで管理して、農業復興の家族かという点で農林水産省の支援事業に認定されています。
鈴木さんは震災前に北上地区で代々続く稲作と茅葺会社を経営していました。しかし、東日本大震災で集落が流され、自分自身も津波に流され、その時は死を覚悟した程壮絶な体験をしました。その後、自宅があった集落はなくなり、危険区域に指定されたため今も住宅はありません。残ったのは荒れた土地だけでした。
現在、デ・リーフ北上ではパプリカ1.3㏊とトマト1.1haの畑を所有し、50人ほどの従業員と一緒に農業生産に取り組んでいます。生まれ育った地域のために農業復興をしていく、という思いで立ち上げた野菜工場。被災した人たちや農業を生業にしたいという若い世代の方々と共に【日本一の大産地】という夢を実現するため日々仕事に励んでいます。今後も北上の地から全国に野菜を届けていきたいと話してくれました。

宮城・宮城内陸地震から11年 栗原市耕英地区と花山地区の住民の想い
根本宜彦アナウンサー取材リポート

先週金曜日に【岩手・宮城内陸地震】から11年となり14日朝、栗原市駒の湯温泉の慰霊碑の前には遺族や住民らが集まり、黙とうを捧げ犠牲者を悼みました。元くりこま耕英震災復興の会の大場浩徳さんは「震災時、47歳だったのですが今は58歳になって、もうすぐ60歳。自分の身体に老いを感じてくる日々。その中で少しずつできることをちょっとずつやっていければいいのかな」と話してくれました。農業生産の状況は自然相手なので、毎年収穫量にも影響があります。そんな中、【絆】という品種のイチゴは市場の評価も良くて大田市場からも引き合いが来ます。5年ほど前から作り始めたイチゴは、良いものを増やすのは簡単ですが、作るのが大変。過疎化高齢化も耕栄地区では大きな課題です。
2001年に花山村浅布地区に映り込んだ主婦、早坂絹子さんは慣れない避難所生活、仮設住宅での生活を送り、この11年という長い歳月を振り返りました。心の復興を進めることができたのは家族の支えです。栗原市も【ジオパーク】として認定され、研修ツアーや観光客を呼び込もうと様々な取り組みを行っています。観光復興の嬉しい兆しが見え始め2017年は観光客が市全体で187万人と内陸地震以前の水準に近づいてきました。
耕英地区では9月8日(日)にイワナまつりが開かれます。みなさんもお出かけになってみてはいかがでしょうか。