4月9日(月)放送

東松島市 鎮魂の日シンポジウム 
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

東北大学 教育・学生支援部特任教授で前、石巻西高等学校校長先生の齋藤 幸男さんなどが講演を行った「石巻西高等学校同窓会 鎮魂の日シンポジウム」。現役の高校生や、当時宮城県に住んでいなかった大学生たちも参加して東松島市大曲市民センターで行われました。
「生かされて生きる」という斉藤先生の講演では、地元で語り継がれる震災の語り部や、語り継がれる言葉、声なき声をどう伝えるかなどのシンポジウムもあり、石巻西高等学校3年 志野ほのかさんなど現役の高校生が意見を交換し、今後、震災をどう伝えていくかを議論しました。

名取市農事組合法人 小塚原ファームランド 遠藤としやさん
林田悟志アナウンサー取材リポート

農地があるのに、それをうまく活用できない現状を話してくれたのは、小塚原ファームランドの遠藤としやさんです。震災があってから津波で滅茶苦茶になってしまった土地を何とかして再生し、地元の営農に何か役に立ちたいと思い、震災後に新たに農業をはじめ、2016年に法人化しました。
はじめはコメを作っていましたが、がれきの片づけや自分の家の片づけ、津波被害を受けた場所をもう一度田んぼ、畑に戻していく作業はとても大変だったと振替えります…しかし先輩たちの教えを乞いながらなんとか形に、農業人になっていったそうです。
そしてメンバーが増えさらに遊休農地を有効活用しようと、一昨年からバラ「ツーリー」の生産をはじめました。宮城農業高校の生徒たちと一緒に植樹から生産までを協力しています。このバラの実は、お茶にするとローズヒップティーのような味わいで、ビタミンCやポリフェノールが多く含まれています。今は、生産が安定せず完全受注生産ですが、秋のシーズンには名取のふるさと祭りなどで販売されるということです。今後が楽しみです。

4月2日(月)放送

女川町水産業体験館あがいんステーション
阿部真知子さん 電話取材
(聞き手)藤沢智子アナウンサー

女川は、風が強い1日でした。新年度が始まりましたが、桜は仙台のあとにきれいに咲きそうです。3/29に宮ケ崎地区に整備された災害公営住宅28戸の鍵の引き渡し式を行いました。これにより、町は859戸全ての災害公営住宅の整備を完了しました。山を削って標高65Ⅿのあたりにできた住宅は、女川湾を見渡せる場所が近いため風がとても強く、寒さも少し強く感じられます。鍵の引き渡し式は、町長から直接渡され、受け取った住民の皆さんは、震災から7年経過したその時間も考えさせられた、というお話もありました。
さて、今一番女川に元気を与えてくれているサッカーチーム、今年JFLに昇格した『コバルトーレ女川』が昨日地元開催で試合を行いました。女川町を拠点とするコバルトーレ女川は、3/11に浜松で昨年の王者、ホンダFCに敗れてしまいましたが、きのうは石巻市総合運動公園石巻フットボール場でホーム開幕戦を迎えました。試合には敗れてしまいましたが点を決めた時は、応援団が一体になって歓喜にわきました。

TTT(TSUNAGU TeenagerTourGuide)
古野真也アナウンサー取材リポート

3月28日に愛知県から視察に来た高校生のみなさんに、TTTメンバーの武山ひかるさんたちは震災の語り部を行いました。同年代のみんなに話すということもあり、高校生ができる、高校生の視点に立ったワークショップです。いつもと少し違う年齢層の方に話すため、自身の経験などを含め話します。野蒜地区、大曲地区、あおい地区などを視察した後に行ったグループワークは、さらにいっそう有事を考えさせられる場所でした。
愛知県の高校生たちは今後発生するかもしれない南海トラフに備えて、彼女たちが実際に経験した避難所づくり(組織作り)のワークショップに想像を張り巡らせますが、やはり体験したことのない緊急時、有事であるため、頭を悩ませます。ワークショップの最後には「万が一の時は、自分たちが動かなければならない」という結論を同じ年の生徒たちから直接話を聞いたため、すっと心の中に防災、減災の意識が芽生えました。宮城と愛知の高校生たちの高い防災意識は、今後絶対に役に立つ情報であったと思います。

3月26日放送

スタジオゲスト 
東北学院大学教養学部地域構想学科 金菱 清先生
金菱ゼミナール 関明日香さん 井出真奈美さん

東北学院大学 震災の記録プロジェクト
「私の夢まで、会いに来てくれた 3.11亡き人とのそれから」(出版社: 朝日新聞出版 (2018/2/20))

「石巻のタクシー運転手と幽霊現象」などの研究で注目を集める金菱ゼミナールの最新調査書が発売されています。大学生が被災地で集めた“遺族が見る亡き人の夢” 記録(27選)は、ゼミの学生たちが、遺族が見る「夢」を調査した1冊です。震災の夢が語る「不思議」についてまとめました。もしかすると学生が聞いたから話してくれた遺族の方もいるでしょう。

夢、は起きて人に話すときに忘れてしまったり、思い出せなかったりするものですが、学生たちが取材した被災家族の「夢」は実に現実的で、カラフルではっきりしていることが聞き取り取材を通じて判明しました。読んでいる方も、夢とその夢を見た人の関係性、つながりを感じられるものが多かったそうです。

2人は新学期から大学4年生。大学に入ったら自分で何かひとつ頑張りたい、と思っていたところで出会った金菱先生のゼミ…ゴールが本の出版ということで、やりがいが感じられると思い携わりましたが、出版までの道のりは大変つらく一筋縄ではいかないものだった、と2人は振り返ります。

直接被災者とのかかわり、被災地とのつながりがないゼミ生は、学生という立場で取材にかかわっていったため取材対象者に連絡を取る手段や取材方法、「夢」までの導き、話を聞きだすまでのプロセスに大変苦労したそうです。

そんな生徒たちの純粋な気持ちで取材した「私の夢まで、会いに来てくれた 3.11亡き人とのそれから」を是非一度、手に取って読んでみてください。予想を超える災害で、大切な人をなくした人たちが話す、夢の話は皆さんの心にも深く深く刻まれるでしょう。

3月19日(月)放送

気仙沼市 被災地女子旅を主催 村松もも子さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

気仙沼市にあるゲストハウス「架け橋」のオーナー、村松もも子さん(27)が企画した「被災地女子旅」について伺いました。2泊3日に気仙沼の魅力がぎゅっと凝縮されたツアーです。「気仙沼の人の魅力、あたたかさを感じてもらえたら」と気仙沼市の良さを全国の皆さんに知ってほしい、という理由で村松さんは今月4回開催しました。
静岡市出身の村松さんは、仕事をやめて半年かけて旅をしていた途中にたまたま気仙沼市を訪れて、偶然立ち寄ったこの地に移住してきました。自分で気に入り、8月に訪れ12月には移住するというスピード感のある展開、そして現在はにあるゲストハウス「架け橋」のオーナーとして、忙しく仕事をしています。
いろいろな地域から、幅広い年齢の方々が気仙沼市を訪れ、宿泊のお手伝いをしていますが、まだまだ「観光」目的で訪れる人は少ないということです。今後は気仙沼市の復興だけでなく、街の魅力や人々の温かさに触れて訪れてほしいと願っています。震災を体感しに来た方々にも幅広く、気仙沼市の歩き方や楽しみ方を満喫していただきたいということで、ゆくゆくは地域の人たちに引き継いで、自分は気仙沼市を離れて、外から応援をしたいと考えているそうです。

南三陸町 漁師✖潜水士 工藤忠司さん
林 朝子アナウンサー 取材リポート

潜水士と漁師、二つの顔を持つ工藤忠司さん(35)は気仙沼向洋高校を卒業後、潜水士の資格を取るため広島・尾道の専門学校へ。その後東京の建設会社で護岸工事などのための潜水にあたっていたそうです。港湾土木の仕事や、橋の橋脚を作ったり、東京湾や東南アジアやロシアなど、その仕事の幅は海外にも及びました。東京を拠点に仕事をしましたが漁の仕事をしていたお父さんが体調を崩した事をきっかけに、南三陸へ戻り漁業の道へ進みました。

その後震災が発生。震災の日は牡蠣剥きをしていましたが、その揺れの大きさに異常を感じ避難、その後は家族を歩いて探し回りました。たまたま家族は全員無事でしたが、志津川湾の海辺の自宅は流され、仮設住宅で生活しながら潜水士として海底の瓦礫撤去にあたりました。資格を取った時には想像もしていなかった震災復興の仕事(がれきの撤去)です。今も時折依頼があれば海に潜るという生活をしています。

震災後7年の間に、工藤さんの周辺では大きな変化がありました。自宅の再建を望んでいたおじい様、お父様をなくしました。そして1月には長男が生まれました。自宅は去年末、高台に再建し、新しい生活も始まっています。。。しかし戻らない当時の風景、震災7年という時間は「ようやく、昔のことを懐かしく振り返ることができるようになった」年月、そして「もう戻れない故郷の姿を思い『あの頃は良かった』と思うばかり」とも話してくださいました。

今は前を向くことだけではなく、あの頃を今一度見つめながら、これからの町にゆっくり、じっくり想いを馳せる時間も大切なのかもしれません。ひとつひとつの出会いや再会に感謝し、その意味を噛み締めながら震災7年のいまを伝え続けていきたい、そう思えた1日でした。

3月12日放送分

本日は、スタジオゲストに南三陸スマイルアゲインプロジェクト事務局長の 鈴木悟さんをお招きしてお話していただきます。

南三陸スマイルアゲインプロジェクトとは、2011年3月末を機に、地元で教鞭をとっていた鈴木さんが「南三陸町に笑顔を増やそう」と特に志津川高校の生徒だった人たちを集めて仮設住宅などに物資を届けるために始めたのがきっかけです。はじめは5,6人からのスタートで、かき氷を届けたのですが、これまで7年間、のべ27回のイベントに790人が参加している大きなプロジェクトとなりました。

はじめは、10年を目標にして開始し早7年が経ちました。昨年末は7回目のクリスマス会を町内の保育所などで開催、今は春の交流会の準備をしています。スタッフは、ボランティアで構成され、現場に来られる人は現場のスタッフとして活動、どうしてもスケジュールが合わない方からは1,000円の寄付を頂戴してこの会が成り立っているそうです。一度でも支援して下さった方は7年間で290名(!)もいらっしゃるという大きな会となりました。

7年間を振り返って、訪問先の仮設住宅の方々は毎年3回の催しをとても楽しみにしてくださり、ご高齢で仮設住宅にお住いの方の励みにもなっています。また、南三陸に住む小さい子どもたちは、スマイルアゲインに励まされほとんどの子供たちが会に参加しているという確率の高さ…。幼稚園の子供は小学校に入ったり、中学生だった子供は社会人や大学生として成長し、スタッフはその姿を見守っています。

今年は、3月の総会、8月の交流会、12月のクリスマス会などのイベントの他、支援金を志津川高校や南三陸町の夏祭りへお渡しする予定となっています。

■支援金などお問い合わせは
登米市中田町の 鈴木 悟 さん
0220-34-5836(大柳電機) まで

■支援金など
ゆうちょ(口座振替)02230-0-133938 鈴木悟  まで