Archive for 番組

11月20日(月)放送

名取復興文化祭 名取サポートセンターどっとなとり 菊池真理子さん
古野真也アナウンサー取材リポート

11月5日(日)に名取市文化会館大ホールにて「名取復興文化祭」が開催されました。ご高齢の方々の参加が多く、訪れた方々はお友達と談笑しながら演目を楽しんでいました。このイベントは、尚絅大学と名取サポートセンターどっとなとりの共催で、被災された方々、地域のコミュニティづくりを支援するサロン、地域の方々が参加する会です。
会場内の手作りの看板は、今回参加できない人たちが加わり制作していて、地域の方々が大勢関わる文化祭となっています。会では名取にゆかりのある民謡や踊りが演目として披露され会場には毎年文化祭を楽しみにしていらっしゃるという観客、演者さんが文化祭を通して元気をもらって心から楽しんでいました。
震災後にひとりになってしまった方々も、この文化祭という目標のために参加・交流し、ひとつにまとまることが醍醐味、励みにしているというお話も会場からは聞こえてきました。ゆくゆくは地域の方々が自主的に地域の活動として、名取の地域の活動として、心を表現する場になっていくことが目標です。来年の文化祭も「まちのおまつり」として盛り上がっていくことに期待が持てます。

石巻市「カー・シェアリング」の今 日本カーシェアリング協会 吉澤武彦さん
林 朝子アナウンサー取材リポート

震災で多くの方が、大切な車を流されその人々の移動手段になればとはじまったこの取り組みは、1台の車を複数の人たちが共同で利用できる仕組みで、移動手段、仮設住宅でのコミュニティ誕生へのきっかけになるなど大きな役割を果たしています。
人々の「足」から、地域、暮らしをよりよくするための手段に変わり、現在は使用方法やルールも利用する方々とともに発展してきました。月の予算がオーバーすると、みんなで旅行を企画して参加費を募るなど楽しく工夫されています。
利用者の方々は「病院」「買い物」などで車を利用してカーシェアリングの便利さを確認していて、免許を返納しても、買い物ツアーやランチツアーなど自分で運転しなくてもよいことが、人気のひとつとなっています。利用者は、もっともっとみんなに知ってもらい、参加してほしいと思うまでになりました。
日本カーシェアリング協会の吉澤さんは、電気自動車を使った防災活動にも力を入れていて、なかでも吉野町復興住宅では太陽光パネルを設置していざというときのために使用方法を確認したり、車を利用した防災訓練などを行っていたりと、新しい取り組みにも着手しています。もっともっと石巻市に根付いていくためへの努力は今後も継続して行われ、石巻市の市民の皆さんのためのスタート地点だとも話してくれました。

11月6日(月)放送

石巻市 海苔漁師 相澤 充さん
古野真也アナウンサー取材リポート

石巻市渡波の海苔漁師、相澤 充さんは、津波被害で漁具や施設が全壊し、再開には数億円の費用が掛かるほどの大きな損害を受けました。このため、家族と相談した結果、当時1年間の休養を決めました。この震災では大切な親友もなくしています。その親友の亡骸は翌年の夏まで見つからなかったそうです。
震災後、身を寄せていた避難所で自分の「これから」にとって大事な人と出会うことができ、いろいろな葛藤があった中で、翌年休業から海苔漁師を再開します。その大事な人とは遠藤伸一さんという方です。避難所の2代目代表で、震災でお子さんを3人亡くされていました。計り知れない悲しみの中、避難所のサポートを全力でしている姿を見て自分を奮い立たせました。
もう一度海苔をつくろうと思った大きなきっかけは、震災を通じて得た出会いやそこで生まれた気持ちです。「人」とかかわることで、親友に「おまえ、やったな」といってもらえるような、過去と向き合い、しっかりと前に向かっていく「自分にしかできないこと」を今後も手掛けていきたいと話してくれました。

<スタジオゲスト>
特定非営利活動法人オペレーションブレッシングジャパン
プロジェクトマネージャー 新實千枝さん

アメリカに本拠を置く国際NGO、特定非営利活動法人オペレーションブレッシングジャパン は、津波で船を流された方に漁船を提供したり、眼鏡を失った方に支援する「めがね支援」を展開していました。新實さんは、震災時に宮城県の大衡村で学校に通っていてその後、ボランティアとして南相馬市に入ります。現在、プロジェクトマネージャーとして南相馬市で活躍していますが、東北の復興支援、日本で起きる災害の支援なども行っています。
12月には、南相馬市のゆめはっとで「南相馬市ファミリークリスマスコンサート」を開催する予定で、県外や避難先で生活をしている方々も参加できるイベントを開催します。1000人規模の大きなコミュニティは今までにない規模で、南相馬初、ゴスペルクアイワも披露されます。

福島を希望の地に「南相馬市ファミリー・クリスマス・コンサート」
日時 2017年12月9日(土)
   午後4時~
場所 南相馬市民文化会館 ゆめはっと (大ホール)
電話 022-779-6579
HP  https://www.facebook.com/fukushimaxmas/

10月2日(月)放送

10/8(日)開催!女川ファッションショー2017
林田悟志アナウンサーリポート

プロのモデル、2012年のミスユニバースジャパンの原綾子さんもイベントプロデューサーとして参加する「女川ファッションショー2017」が10/8(日)に開催されます。一般公募のキッズ・ティーン女子が秋物ファッションに身を包み、JR女川駅前のレンガみち・シーパルピアのランウェイを歩くということで全国から、このランウェイを目指して神奈川や秋田からオーディションに参加する子どもたちもいました。
実行委員長の崎村周平さんは、生まれも育ちも女川町でグラフティアートを仕事にしています。女川町は崎村さんにとって大事な街。昔から思い描いていた「楽しめる場所」を今、自分で切り開き先陣を切って手掛けています。バー「sugar shack」はその地元に対して何かしたいという思いの第一歩で、今後は女川町が楽しい町にできるかどうかをもっと真剣に考えていきたい、そうしなければならないと心に決めてバー経営と、街に活気をもたらす仕事を手掛けています。10/8(日)は、その思いがこもったファッションショーを間近に見てほしいものです。


「防災ネットワーク」(石巻市) 当時の状況と今後の課題
林朝子アナウンサー取材リポート

東日本大震災時当時、旧北上川沿いにある八幡町で行われていたもので、地区で長年民生委員を務める蟻坂隆さんに、当時の状況と今後の課題を聞きました。蟻坂さんは住民を助ける役割でしたが、仙台市内に所要のため出かけていて石巻を留守にしすぐに駆け付けることができませんでした。そのあとすぐに津波が発生することが推測できたため、すぐに石巻市へ戻り、支援の必要な人達を助けに駆け付けます。
しかし、要援護者として登録されていた方々のうち助けられたのは登録者17人のうち、4世帯5人の方でした。この経験から、ネットワークの課題を見つけることができました。
要援護者1人1人の病状や、避難の想定をもっと細かくしておくこと、日々の訪問活動で現状を把握すること、移動が困難な方々への対応などです。同じ地域の方々をもっと知って、防災を意識することをしなければ今後も防災ネットワークが活きないと思っています。
現状、防災ネットワークは機能しておらず、また地区の住民は震災前の4割の140世帯ほどになりました。蟻坂さんは現在「みんなと行兵衛茶屋」を立ち上げ、月に一度ほど地元の福祉会館などで様々な活動を行っています。高齢化も課題のひとつですが今後は若い世代が参加できるような内容にしていきたい、と意気込みを話してくれました。同じ地域で暮らす方々のことを知り、関係を深めあう…そんな「情」=思いやりを深めて、互いに救う力を養うことが重要だと感じました。

8月14日(月)放送

本日は、福島市在住の詩人、和合良一さんのインタビューの模様をお送ります。
震災で被災した直後からツイッターで投稿を続けた「詩」に込めた思いなどを伝えます。

8月7日(月)放送

七ヶ浜町 きずなハウスオープン
レスキューストックヤード 槇島江梨佳さん
古野真也アナウンサー 取材リポート

7月21日に宮城県七ヶ浜町に「七ヶ浜みんなの家きずなハウス」がオープンしました。ここは、七の市商店街の跡地にあり、全面ガラス張りの平屋建てで明るく開放感いっぱいです。一角に駄菓子などもおいてあります。この場所は、子供たちが気軽に集まれる「遊べる」場所で、お母さんたちも安心して子供たちを遊ばせることができます。
メンバーの槇島さんは、神戸出身の28歳。東日本大震災時には兵庫県で大学職員を仕事をしていましたが、震災後はすぐに七ヶ浜町にボランティアスタッフとして現地に入りました。当時は、大学生と一緒に七ヶ浜の子供たちと「遊ぶ」ボランティアを行っていましたが、別れ際に子どもに言われた「どうせもうこないんでしょ…」という何気ない一言に被災した子供たちのために継続的な付き合いを考え、大学を辞めて七ヶ浜町に引っ越してきたそうです。そして子どもたちが、みんな自由にくつろげ交流できる場所を踏まえ、完成したのがきずなハウスだったのです。
「子どもたちと10年かかわっていく」と決めた槇島さん。七ヶ浜町民と一緒になって6年、子供たちの居場所、お母さんたちの集える場所をつくりきずなハウスをオープンさせましたが、槇島さんは8月いっぱいで退職し運営を地域のお母さん、若者、高校生などに運営を引き継ぎます。人と人とのつながりを大切に育てた七ヶ浜町で、9月からは地元主体の経営でのスタートとなります。

塩釜市 おさんこ茶屋 鈴木雄三さん
伊藤晋平アナウンサーリポート

塩釜市元町の商店街で230年以上続く老舗のお団子屋さんを経営している鈴木さんは、震災時に地元の消防団の一員として活動をしていました。当時は給水活動で避難所をまわるなど「やれることをやろう」と尽力されたそうです。おさんこ茶屋は震災後すぐに営業を再開し、震災後も店を継続すること6年が経過しました…塩釜市内の復興が早かったことや、震災の記憶の風化などがあり、日本全国での自然災害などを見ているともっと被害が多いところに支援をしてほしい、と願うこともあるそうです。
自力で復興を成し遂げたから塩釜市であるからこそ、今後の塩釜市元町の商店街をさらに魅力ある街にしたいと現在は勉強会やイベントの開催などで活性化に力を入れています。その中でも「個々のお店の魅力をアップする」「塩釜ならではの”ものづくり”に力をいれる」など未来へ向けての施策を語ってくれました。新しい、魅力ある塩釜市の再発見と発信を地元の仲間たちとこれからも続けていきます。