Archive for 番組

8月14日(月)放送

本日は、福島市在住の詩人、和合良一さんのインタビューの模様をお送ります。
震災で被災した直後からツイッターで投稿を続けた「詩」に込めた思いなどを伝えます。

8月7日(月)放送

七ヶ浜町 きずなハウスオープン
レスキューストックヤード 槇島江梨佳さん
古野真也アナウンサー 取材リポート

7月21日に宮城県七ヶ浜町に「七ヶ浜みんなの家きずなハウス」がオープンしました。ここは、七の市商店街の跡地にあり、全面ガラス張りの平屋建てで明るく開放感いっぱいです。一角に駄菓子などもおいてあります。この場所は、子供たちが気軽に集まれる「遊べる」場所で、お母さんたちも安心して子供たちを遊ばせることができます。
メンバーの槇島さんは、神戸出身の28歳。東日本大震災時には兵庫県で大学職員を仕事をしていましたが、震災後はすぐに七ヶ浜町にボランティアスタッフとして現地に入りました。当時は、大学生と一緒に七ヶ浜の子供たちと「遊ぶ」ボランティアを行っていましたが、別れ際に子どもに言われた「どうせもうこないんでしょ…」という何気ない一言に被災した子供たちのために継続的な付き合いを考え、大学を辞めて七ヶ浜町に引っ越してきたそうです。そして子どもたちが、みんな自由にくつろげ交流できる場所を踏まえ、完成したのがきずなハウスだったのです。
「子どもたちと10年かかわっていく」と決めた槇島さん。七ヶ浜町民と一緒になって6年、子供たちの居場所、お母さんたちの集える場所をつくりきずなハウスをオープンさせましたが、槇島さんは8月いっぱいで退職し運営を地域のお母さん、若者、高校生などに運営を引き継ぎます。人と人とのつながりを大切に育てた七ヶ浜町で、9月からは地元主体の経営でのスタートとなります。

塩釜市 おさんこ茶屋 鈴木雄三さん
伊藤晋平アナウンサーリポート

塩釜市元町の商店街で230年以上続く老舗のお団子屋さんを経営している鈴木さんは、震災時に地元の消防団の一員として活動をしていました。当時は給水活動で避難所をまわるなど「やれることをやろう」と尽力されたそうです。おさんこ茶屋は震災後すぐに営業を再開し、震災後も店を継続すること6年が経過しました…塩釜市内の復興が早かったことや、震災の記憶の風化などがあり、日本全国での自然災害などを見ているともっと被害が多いところに支援をしてほしい、と願うこともあるそうです。
自力で復興を成し遂げたから塩釜市であるからこそ、今後の塩釜市元町の商店街をさらに魅力ある街にしたいと現在は勉強会やイベントの開催などで活性化に力を入れています。その中でも「個々のお店の魅力をアップする」「塩釜ならではの”ものづくり”に力をいれる」など未来へ向けての施策を語ってくれました。新しい、魅力ある塩釜市の再発見と発信を地元の仲間たちとこれからも続けていきます。

5月15日(月)放送

石巻市乳幼児保育園 ミルク 園長 相原かよみさん
大久保悠アナウンサーリポート

人口が急増している石巻市の新蛇田地区に石巻市乳幼児保育園「ミルク」があります。大型ショッピングモールもほど近いインターを降りてすぐの場所にありこの4月から0~5歳まで合わせて60人を受け入れる認定保育園として開園しました。園児39人、保育士9人看護師2人、調理員あわせて16人が勤務しています。
ミルクでは、以前から「体調不良児対応型」の保育に取り組んできて、「石巻で働きながら子育てをする親御さんの力になりたい」という思いが強く、保育中に体調不調となった子供を保護者が迎えに来るまで、看護師が保育士さんに代わって保育するというものです。この体調不良児は2日以上預かれない、というルールがあるため、5月から「病児・病後児保育」に本格的に取り組むことになりました。現在は病気、または病気の回復期、感染症のお子さんがいた場合を含めて部屋も増やして整備しています。
園長の相原さんは、震災時、認可外保育園「あいはら」を経営していました。門脇という地域だったため、震災当時は園児を保護者に引き渡すまで4日ほどかかりました。防災意識の高い保育士、保護者も決まりを守り全員無事だったそうです。
震災後は、危険区域に指定されたため保育園は閉園となりましたが、今、震災前からずっと一緒に働いてきた保育士さんたちと一緒に新たな場所で再開しました。新蛇田地区は、新たに家を新築する人が多く、3世代で同居している家族が多いそうです。子どもたちもおじいちゃんやおばあちゃんが好きな子供が多く、地域では今後、一人暮らしの高齢者の方と一緒に運動会をしていく予定もあるそうです。保育の現場が、新たなコミュニティになるように今後も地域の方々と連携していくそうです。

みやぎ手打ちそば研究会 柏倉寛充さん
伊藤晋平アナウンサー

みやぎそば打ち研究会とは、震災後に発足した会でそばを通して、被災地や地元みやぎに元気を届けよう、取り戻そうと活動し、研究会は今年で7年目に入りました。
震災後は、趣味のそばづくりをなんとかいかそうと、仲間と仮設住宅をまわってそばをふるまったり、そば打ちのパフォーマンスをしたりなどして、地域貢献を行ってきました。震災後7年目を迎え、目に見える復興は進みましたが、被災された方の心の部分には、まだ深い傷が残っていることを感じたそうです。毎年、継続して仮設住宅や集会所などをまわっていくと、その感覚をいまだ肌で感じることがあります。
現在、「そば」は日本にとどまらず世界の共通語としてとらえられています。柏倉さんの研究会も海外でのパフォーマンスのためにキューバ、アメリカへ向かいました。海外でのそば作りは、水の硬さや気候によって日本とは全く異なる仕上がりになってしまうため、場所毎に「そば」に向き合っていかなければなりません。この難しさもそば打ちの魅力ととらえ、奥深いそば作りを心掛けていきたいとお話しくださいました。
宮城県も、秋保地区で地元産のそば粉と水にこだわってつくる特産品「そば」を地元の目玉として売り出していく予定です。おいしいそばを食べたくなったら秋保へ、とみんなが思ってくれるような聖地にしていきたいとお話ししてくださいました。

4月10日(月)放送

どっとなとり閖上会 説明会
古野真也アナウンサー取材リポート

名取市で活動を行っている「どっとなとり」が閖上在住者を対象に先月3月16日に仮設の閖上公民館で「閖上会」が開催されました。
「閖上会」は、地元出身の大友貞子さん(91)が先生として、そして閖上にゆかりのある地域住民の方々が参加し、漁師町をなつかしみ、閖上大漁節などの民謡や三味線などを楽しみました。この会では6年ぶりに再開する住民の方々もいらっしゃり、始終閖上地区の震災前の思い出を共有するような、懐かしいメンバーとの再会に、笑顔と笑い声で会場は包まれました。
参加された方の中には「戻れなくても閖上に戻れない」「移り住んだところで生活の基盤が出来てしまった」などさまざまな事情を抱える人もいて、自身が抱える悩みなどを聴く、話すなどコミュニティの場としても活用されました。
次回は、4月20日、仮設の閖上公民館で開催が予定されています。閖上にゆかりのある方ならどなたでも参加可能です。閖上での「お茶っこ」へ是非参加してみてはいかがでしょうか。

石巻のシンガーソングライター 萌江(もえ)さん
林 朝子アナウンサー取材リポート

石巻市出身のシンガーソングライター 萌江(もえ)さん、現在22歳でシンガーソングライターとして活躍しています。趣味から始めた音楽でしたが、大学を卒業を機に、シンガーソングライターの道を選び活動を本格的にスタートさせました。
石巻市の街ナカイベントなどで積極的に歌を披露してきました。そして、この度3月にワンマンライブを行う程になりました。ワンマンライブは高校生からの夢だったそうで、石巻の市民の皆さんの暖かい声援にはげまされて開催にこぎつけました。
ワンマンライブのほかにも、仙台からライブ会場の石巻市まで走ってその途中で歌を披露する「マラソンライブ」などの企画も行ってきました。
萌江さんは、東日本大震災時に感じた「音楽の存在」を改めて感じ、本格的に音楽の道へ進むことを決めました。高校生だった当時の石巻市の風景が一瞬でなくなってしまった経験は今の自分の強さ、原動力になっているそうです。
そして完成した曲「いしのまきのうた」。歌詞の一部「いいところだよ 幸せな町 のんびり時間が流れていくよ 負けはしないよどんな試練にも きずなと笑顔で結ばれているから」は“いしのまき”の頭文字で始まっています。
今後も、地元石巻に、たくさんの人が来てまた笑顔があふれる街に復興していくことを目標に、これからも歌い続けます。

◆LIVE情報◆
萌江(もえ)さんが出演するLIVEは、
・日時  2017年4月11日(火) 午後6時~
・場所  仙台MACANA   で行われます。
「いしのまきのうた」は手売りでCD販売されます!

3月13日(月)放送

石巻市「」(かぎかっこ)プロジェクト 高校生百貨店
古野真也アナウンサー取材リポート

石巻市で活躍しているNPO法人「」(かぎかっこ)プロジェクトの取組を取材しました。「」プロジェクトは、高校生(男子3人、女子10人、先輩大学生5~6人)、運営スタッフ3人で構成されています。
石巻市への「地元愛」を探してもらいながら、高校生が自分達で企画したイベントや商品開発を行っています。
石巻出身の高校1年生、千葉さんは中学校3年生の時に友人から誘われたのがきっかけで参加しています。プロジェクトのひとつ「高校生百貨店」は、高校生がバイヤーとなり石巻圏域の東松島市、女川の地域商品を仕入れ、仙台市や東京など各地のイベントに参加し店頭販売なども行っています。
 生産者の声も添えて商品をPR販売することは、地元、石巻市のことも知っていなければなりません。また、生産者の方についても詳しく知っていなければなりません。仕入れの段階から生産者の方々とコミュニケーションをよくとり、対面式の販売では物の良さだけではなく、人が見えるような話をしていきたいということです。
イベント会場では「石巻市の被災の状況」をもよく聞かれるそうです。涌谷出身の熊谷君が伝えたい、高校生目線の石巻市の魅力とは、“石巻市は「被災した街」だけではない、力強い街であることを強く印象付けたい”と思いを持っています。
3月18日(土)からは東京で販売会がはじまります。そしてはじめて、商品のひとつに東松島市のソックモンキー「おのくん」が加わります。宮城県、そして石巻市の現状を東京でたくさんの方に伝えてきて欲しいですね。

TTT(つなぐ・ティーンエイジャー・ツアーガイドオブ野蒜)尾形祐月さん
高校を卒業して、今思うこと。
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

高校生活の多くの時間を注いできた「語り部」の活動を、この春の高校卒業とともに一区切りさせた仙台白百合高等学校卒業生、尾形祐月さんにTTT(つなぐ・ティーンエイジャー・ツアーガイドオブ野蒜)の活動を振り返ってもらいました。
2011年3月11日は、野蒜小学校からの帰宅途中に尾形さんは地震、津波に遭遇しました。この日は「野蒜駅前商店街マップ」が完成し授業で発表が終わって「野蒜の街の役にに立てる仕事ができたのかな」と思っていた矢先での被災でした。この日を境に、街の景色が一変してしまいます。
尾形さんは、その「野蒜駅前商店街マップ」を手に東松島市野蒜地区でガイドを続けてきました。発表の日には形のあった町並みが今はそのガイドマップにしか残っていない現実。東松島市野蒜地区を訪れる人々には、そのガイドマップを見せながら「ここは今、更地にしか見えませんが、本当はこんなに住宅があって、こんなお店や生活があったんです」と説明した事が多くありました。
目に見える風景と、思い出に残る風景の違いを説明するのは大変難しいことでしたが一生懸命話すことでたくさんの皆さんに野蒜を知ってもらうことが出来た、と話してくれました。
これからは、関東地域での新たな大学生活が始まりますが、今までの経験、そして震災、防災への思いは消える事はありません。新生活で新たに出会う人たちと話すことで、より深い思いや考えが浸透してほしいものです。