Archive for ラジオカー

9月11日放送分

七ヶ浜町Fプロジェクト
古野真也アナウンサー取材リポート

七ヶ浜町Fプロジェクトの「F」はふるさと、ふっこう、フューチャーの頭文字「F」をとってFプロジェクトと名づけられました。七ヶ浜町の向洋中学校の生徒数人と、向洋中学校教諭の瀬成田先生が中心として活動しています。誰がメンバー、などという登録制ではなく3年生5人、2年生2人の計7人のリーダーが活動計画を立ててその都度全校生徒に呼び掛けてメンバーを募集しているそうです。これまでの活動は、地域の災害公営住宅に出向き歌を歌ったり、一緒に料理したり、菖蒲田浜の清掃活動や公営住宅の周辺の雑草をとったりなど様々な活動をしています。
中学3年生の阿部花映さんは、中学生でしかできない事、中学生にもできることがあるんだな、と活動を通じて感じたそうです。活動の一環として、中学生たちが小学生に震災の記録を伝えようと活動も行っていて、自分の経験を話して東日本大震災の記憶を伝えています。
Fプロジェクトとかかわる前は、自分が一番不幸だと思ったこともありましたが、話すことで自分の心が軽くなることもありました。そして様々な被害にあった人の話を聞く中で、傷ついているのは自分だけじゃないんだと分かったそうです。子どもたち同士では、震災の話はなんとなくしない雰囲気がありそれぞれどれくらい被害があったのかということを知らなかったそうですが、一緒に活動をする友達の震災当時のことを「知る」こともできたそうです。
Fプロジェクトは、今後も3年生から2年生にリーダーを譲り活動を継続していきます。今後も中学生たちの地域活動、社会参加で成長する姿が楽しみですね。

山元町「学習塾よつば」 代表 宮本 匠さん
伊藤晋平アナウンサーリポート

北海道札幌市の出身で、少年時代から野球に打ち込み大学は筑波大学に進学した宮本さんは、学生時代に学生ボランティアとして宮城県に何度も足を運びました。大学を卒業した後は、北海道に戻って教育関係の仕事をしていましたが、3年前に単身山元町に移り住み、学習塾を開きました。現在中学生11人、小学生2人を指導しています。
震災を経験した子供たちとともに勉強に励む日々ですが、震災を経験したことで特に変化があるわけではありません、ただ地震の話や震災の話をするときは、子供たちがとても大人のような話をすることがあり、そういった部分はとても大人びて見えるそうです。
現在3年目を迎える「学習塾よつば」では、生徒たちに教えすぎない環境を作り、自分自身で学ぶ姿勢を作っていくことが今後も長く継続することを望んでいます。学力も他地域に比べてまだまだ及ばない部分もありますが、学習環境を山元町で整えて、一生懸命やることが恥ずかしくない場所をつくってあげられたら、と毎日思って子どもたちに向き合っています。

9月4日放送分

石巻市ローズファクトリーガーデン 徳水利枝さん
佐々木淳吾アナウンサー 取材リポート

石巻市の塾講師だった徳水さんは、高校に通う娘を迎えに行く途中に東日本大震災を経験しました。雄勝にあった自宅と実家が津波で流され母親を亡くし、その後実家の跡地にだれでも自由に楽しめる「雄勝ローズファクトリーガーデン」を開きました。亡くなった親せきや母親を弔うための庭で、6年間で100名以上のボランティアや庭園の専門家が訪れ庭園の整備などでたくさんの方々に支えられてきました。そのガーデンが今、かわり始めています。
 移転については行政側から2014年に打診され、行政側と自分達の考え方の温度差を感じ、何度も再考を検討してきてもらいました。一生懸命作ってきたものを必要ないですね、と言われているようで…移転には動じません、と以前は回答していたそうです。しかし、日照時間などを計算してもらっている造園会社の社長さんが「動かないでいるより、将来的にきみんなが寄れそしてきれいな花が咲く場所に移転を」と進言したことがきっかけで、前向きに検討することになります。
 雄勝のシンボルになりつつある「石巻市ローズファクトリーガーデン」は、行政側が市民の活動をより生かそうという復興計画にシフトしていることもあり、徳永さんは以前の場所の50mほど内陸側の土地を無償で借りることができました。今では、現在の1.5倍の広さで庭や喫茶スペースのあるガーデンを計画に盛り込む、「雄勝で足を止められる、誰かの何かの意味になる場所」に生まれ変わりはじめました。運営は徳水さんはご主人と二人で、ボランティアの力を借りて本格的な新ガーデン作りの作業に入っています。来年、バラが咲くまでには、新しい「石巻市ローズファクトリーガーデン」がお披露目されそうです。

気仙沼市 福幸酒場おだづまっこ 熊谷英二さん
林田悟志アナウンサー取材リポート

「お調子者」の意味をもつ“おだづもっこ”の気仙沼の方言“おだづまっこ”という名前の居酒屋を経営している気仙沼市の熊谷英二さんは、福幸小町という気仙沼復興飲食組合のプレハブで居酒屋営業をしています。2011年5月に組合を結成してから今までの6年間は、自分を成長させてくれた時間で自分は生かさせてもらっている、という気持ちで営業を続けてきました。
今後来年10月で土地の契約が満期になり、福幸酒場おだづまっこは本設営業の土地を見つけなければならなくなりました。今までは気仙沼市にも建築関係・土木関係の人が多く来てくれましたが街がきれいになるにつれて減ってきている現状があります。本設営業に向けて、熊谷さんはさらに腕に磨きをかけて、舌が覚える味づくりにも熱が入っています。ランチ営業と夜の居酒屋営業の2部営業を続けていますので、気仙沼市に行く際はぜひお立ち寄りください。おすすめはメカジキのカマ煮定食がおすすめです!

8月28日(月)放送

石巻市石巻観光タクシー 語り部タクシー 
古野真也アナウンサー取材リポート

石巻市でタクシーの運転手をしている石巻観光タクシーの高橋信悦さんは、震災当時の状況と復興の様子を話す「語り部ドライバー」をしています。会社の中では8人の語り部がいらっしゃいますが、高橋さんは震災後に語り部ドライバーとして、タクシーの運転手になりました。震災で仕事を失い、友人のタクシー運転手に、タクシーの収入が出来高制であることや自分の頑張りが反映されるシステムだったということもありこの仕事を選びました。
 被災地の現状、思いを伝えていく必要があると感じている高橋さんは、復興する街をタクシー運転手として変化を主にお客さんに伝えています。震災から立ち上がってきた人の話し方や表情を肌で感じ、生の声で伝えることにやりがいを感じています。同時に伝えることは難しいと感じていますが、それぞれの思い、考えを被災者の一人として寄り添っていくことこそが、震災を学びに来た人に伝える第一歩だと考えています。
 今後も、壊滅状態だった石巻の街が復興していく様子を、タクシーの窓から見つめ、被災した人と触れ合うことを日々続け、語り部タクシーとして1年後、2年後もずっと続けていきたいと話してくれました。


山元町普門寺 住職 坂野文俊さん
伊藤晋平アナウンサー 取材リポート

8月26日(土)に行われた「願い ふるさとまつりおかえりまつり」を企画した山元町普門寺 住職 坂野文俊さんは、震災後「お寺災害ボランティアセンター てらせん」を立ち上げて復旧復興に尽力されてきました。きっかけは、震災後普門寺を会場に無料のカフェ「てら茶坊」を提供したことがきっかけです。始めたころはお菓子を作ってコーヒーを飲みましょうというところから始まりましたが「工芸品の展示をしたい」「ワークショップを開きたい」など人が普門寺にどんどん集まってきて今があります。
 坂野さんは場所を提供するだけでなく、ここをきっかけとして出会い、やりたいことの実現につなげていく場所を山元町につくっていきたかったそうです。それが現実になり、ここ普門寺は多くの人が集まる場所となりました。
 8月26日に行われたお祭りも、予想外の多くのお客さんが訪れスタッフも一緒になって楽しむことができたそうです。山元だけでなく九州や秋田の豪雨災害にボランティアへ参加している坂野さんは、東日本大震災で助けられた、という思いのもとに学生ボランティアなどと連携して復旧のボランティアを今も積極的に行っています。

7月31日(月)放送

亘理町長瀞 鈴木オルゴール工房 鈴木きよ子さん
伊藤晋平アナウンサー取材リポート

亘理町長瀞にある鈴木オルゴール工房の鈴木きよ子さんは大学を卒業後、結婚して亘理町に移り住み専業主婦をしていました。27年前にご主人をなくしその翌年から木工品の工房を立ち上げました。木工品の先生から「付加価値のあるものをつくりなさい」とアドバイスもあり、現在は工房でオルゴールの製作・販売をしています。
震災後は、津波で工房の機械が水につかりましたが、板をカットする「刃」が辛うじて直せたことが復活のきっかけで再出発できました。震災後3か月後に工房を再開し震災前に購入して下さったお客様のオルゴールを修理したこともありました。自分の制作したオルゴールが、もし壊れてしまってもお店で修理してずっと使ってもらう、この距離感が鈴木オルゴール工房の魅力ともいえるでしょう。


深沼海水浴場 限定で再開
荒浜地区 佐藤 豊さん(80)
林 朝子アナウンサー取材リポート

仙台市若林区にある深沼海水浴場が震災後初めて試験営業を行いました。地元七郷小学校と蒲生小学校の児童と保護者を対象に600人の参加を募る予定でしたが初日は雨のためイベントはすべて中止、昨日も台風による高波の影響で遊泳はできませんでした。しかし昨日は雨にほとんど打たれることなく訪れた100人近くの親子連れが砂浜やビーチバレーですいか割りなどを楽しみました。
かつて荒浜地区に住んでいた佐藤豊さんは、津波で自宅を流され現在は仙台市に暮らしながらも荒浜に足しげく通い変わりゆく景色を「定点撮影」しています。さらに震災後から月に1度行われてきた深沼海水浴場の清掃活動にも参加し続けてきました。その時すでに海水浴場の限定オープンが決まっていたこともあり、今月9日の清掃活動にも参加しました。
荒浜地区は、震災直後にこの町に戻りたいと思った住民、そうでない住民が葛藤を抱えた町でもあります。そんな地区の人々が同じ「故郷」を再び思うためにも「海がかつてのように再開すること」が一番だと佐藤さんは話します。これからも佐藤さんは、海水浴場近くで住民たちと思い出話ができる憩いの場、思い出を語る日が来る日を待ち続けます。毎月第二日曜日、深沼海水浴場近くの荒浜ロッジでお茶飲み会や海岸清掃を実施します。だれでも気軽に参加できますのでご都合があればみなさん、ご参加ください。
また、8月6日(日)~20日(日)までは、深沼海岸で「海辺の写真展」を開催しています。佐藤さんがこれまで撮影してきた荒浜の写真、海水浴場の写真、2017年度のイベントの写真も展示する予定です。

7月3日(月)放送

石巻市渡波 写真家 平井慶祐さん
古野真也アナウンサーリポート

石巻市で写真家として活躍する平井慶祐さんは、東日本大震災後、大阪から石巻市に移住してきました。現在は「海とともに生きる人」をテーマに水産業で働く方々を撮影しています。
ボランティアスタッフとして石巻市渡波に入ってから、海苔漁師の相沢さんという避難所の代表者と知り合い石巻に残ることを決意しました。相沢さんは津波で漁船や機械を失い、周囲の人たちから少し遅れて仕事を再開しました。準備期間は、ちょっと取り残された感もあったようですが、周囲の人達と同様に今は生き生きと仕事をされています。相沢さんをはじめ、漁師の方々が海で仕事をしている姿はとてもカッコいい、と写真家の平井さんはたくさんの写真を撮影し、その姿を多くの人たちに知ってほしいとインターネットで公開しています。
 漁師の方々は「海は悪くない、津波が悪いんだ」と口をそろえていうそうです。津波と海の違いを、地元渡波の漁師さんから教わり、「外からきたからこそみえること、果たす役割がある」と信念をもって写真を撮り続けています。震災を機に石巻に来た人が、地元の人に受け入れられていくこと、新しい縁で人の温かさと地域の魅力にふれていくことを含め、今まで見たことのなかった海の男たち、石巻渡波の魅力を、写真で表現し発表していきます。

石巻市「イシノマキフィルム」 映画製作プロジェクト
嶋脇 佑さん

 7月1日から、石巻で映画製作スクールを開講している嶋脇 佑さんは、アメリカ出身のジェフェリー・ジョーさんと一緒に映画製作プロジェクトを行っています。八戸出身の嶋脇さんは、もともと通信系の会社で機械に囲まれて人とのつながりを持たずに仕事をしていましたが、震災を機に自分の中にあった、忘れていた「人とのつながり」をドキュメンタリー映画製作を通じて、かつての自分を取り戻しているそうです。
 人と出会い、人と接することで得た経験を映画製作に生かし、「伝える」ことの大切さを実感しながら今、参加者とプロセス(過程)を共有しています。映画製作で共有した時間や人への思いに対して湧き出した人間らしい感情や思いを、みんなでシェアしながら、映画完成までの時間をも楽しんでいます。自分のありのままの姿をさらけ出して、得るものがいったいどんなものなのか、今後、映画を発表する瞬間まで参加者といっしょにじっくり楽しんでいきたいと話してくれました。発表会は7月29日、プレナミヤギホールで行われます。